拷問や虐待はよくない。 ぼくの場合、こういうことを言うと「アンタは拷問映画や女囚映画が大好きなくせに、そういうこと言うのか」と言われてしまいそうだが、そうやって恣意的に現実と虚構を混同するのはやめた方がよい。ドラマ『おしん』が好きなみなさんが(ぼくは何の興味もないが)、現実に年端がいかない少女に重労働を科したり、苛烈ないじめを加えたいわけじゃないでしょう。『タイタニック』に感動した人が、現実の海難事故を待ち望んでいるわけでもないでしょう。というような話はこれまでも何度もしてきた。 拷問や虐待には当然、「性的な」拷問や虐待も含まれる。 確かに世の中には性的に拷問してもらいたくてウズウズしている人たちもいる。でもそういう人たちだって「合意の上で」そういうサービスを受けたいのであり、いきなりアブグレイブ刑務所にぶち込まれたいと思っているわけではない(とも言い切れないほどハードコアなSMマニアにつ
1980年代が懐古の対象とされることにもいい加減慣れた。 おそらくいろんなところで指摘されているとは思うが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を持ち出すまでもなく、アメリカの80年代はいびつな形でフィフティーズが再発見され、リバイバルした時代でもある。日本にはその出し殻が上陸したので、おもにパステルカラーやネオンサイン、白黒市松模様のデザインやノーマン・ロックウェルの描いた架空の過去、といった大変薄っぺらい形の「50s風味」が人気を博した。ところでぼくはノーマン・ロックウェルが本当に大嫌いなのだが、それはかれが『三丁目のなんとか』同様、むやみと過去を美化したがる連中におもねった、全く虚構の風景ばかりを描いて悪質だからである。ロックウェルが描いたような、ビューティフルな(白人だけの)過去はどこにも存在しない。ロックウェルの名誉のために付け加えると、そのことはかれ自身も承知しており、後期になっ
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