試験勉強を抱えると、どうしても趣味に割く時間がなくなります。 さて、それを悲しむべきことがどうか、なのでございます。 結論から言いますと、『趣味は減らせられるなら減らすべし』と考える次第でございます。 そもそも、お勉強に時間がとられるわけで、どうしても整理するか減らさざるを得なくなるでしょう。 昨今では、多趣味が普通で、アレもコレも興味がある、というのが「よし」とされております。 しかし、たくさん趣味を抱えれば、人生が豊かになるわけでもないのは自明の理でございます。 その背景は、嗜好が多様化して、その個々の嗜好にマーケットがあって、個々のマーケットが他の無関心層を引き込まないといけないからこそ、「多趣味はよし」なんていわれてるんじゃないかな、と思います。 趣味といえば、映画やカメラ、小説・読書、飲食・旅行ですが、ま、マーケットがそれぞれにがっつりとあるわけで、だからこそ、多趣味推奨のインセ
はてな匿名ダイアリーで以下のようなエントリーを見ると、自分の研究室でうつ病になった子を思い出して心配になる。 自殺すると研究室にお金が入る仕組みってないのかなぁ 気持ちの整理になるかもしれないので書いてみる 私は、卒業研究や修士研究で得た経験が今後の人生においていくばくかの役に立つと信じているので、卒業研究や修士研究を真剣にかつ楽しく行って欲しいと思っている。でも、一方で、卒業研究や修士研究は長い人生において、何回か登場するちょっとした進級試験でしかないことも理解している。だから、はっきりいって卒業研究や修士研究で自分の心や体を壊すなんていうのはあまりにももったいないと思う。 博士研究は別として、卒業研究と修士研究は成果ではなく努力を評価の対象としている。「でも、中間試問や最終試問とかでは成果について問いただすじゃないか?」という疑問もあろうかと思うけれども、それは、努力の度合いを成果を用
19歳、最後の記事です。 きっと誰にでもある、 でもなかなか思い出せない種類の、小さなエピソード 10年くらい前、僕が小学生5年生か6年生のときですが、当時まわりで流行っていた遊戯王カードを十数枚ほどランダムに寄せ集めて封をしたオリジナルパックを、近所や学校の友だちに200円か300円で売っていました。レアカードも入れてほぼ均等に妥当なレートになるよう商品設計を心がけていましたが、たまに大当たり(紙切れ1枚で例えば3000円のレアリティがあるものも結構多く存在します)が出るので、商品としてけっこう魅力のあるものでした。今思えば、すでにあるものを再編成して付加価値をつけて売るという、僕の人生初めてのビジネスでした。小学校の卒業文集では、学年で一番足が速くてスポーツ万能な親友が「プロ野球選手になって1億円で契約する」と書いていた夢のとなりに、僕は「年商5億の会社をつくる」と書いていました。正直
1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/30(水) 19:45:06.91 ID:2nzJTTnQ0 あいつまじ最悪…… 将来設計めちゃくちゃだわ… 2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/30(水) 19:45:34.40 ID:fYBMeqDP0 ざまぁぁぁ 3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/30(水) 19:45:47.20 ID:i3q/Tffb0 はいはい 5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/30(水) 19:46:15.25 ID:3Mo3Gjb30 メシウマ 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/30(水) 19:46:21.30 ID:e0esvV1+0 橋下のせいじゃないよ、お前のクズ親のせいだよ(*^^*) 1
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