『あなた、歌手になりたくはない?もしも、一日中ずーっと歌っていることが許されるんだったら、そうしたい?』
さて、どうでしょうか?
“歌を歌うことを職業とする人”、それが『歌手』です。昨今、カラオケが津々浦々まで広がったこともあって場所さえ選べば好きなだけ歌を歌うことが誰にでもできる時代になりました。しかし、それを職業として、そのこともって生活を成り立たせていくことは全く別のことです。それは並大抵なことではありません。
『歌手』という職業は、星に例えられ『スター』と呼ばれたりもします。しかし、夜空に何万年何億年と輝き続ける星々とは違って『歌手』の生命は限られています。
『今、あの舞台の上で輝いている星たちのうち、来年も残っているのは何人だろう』
そうです。新しく登場する『歌手』の存在があれば、その一方でひっそりと消えていく存在もあるのです。『歌手になりたい』と願ってもそこには想像を絶する厳しい世界が待っていることを改めて思いもします。
さてここに、そんな『歌手』たちの舞台裏を描いた物語があります。『一度は星を手にしたいと望む』人たちの存在を描くこの作品。『椅子取りゲームなのよ、芸能界は』という現実の厳しさを描くこの作品。そしてそれは、そんな『星』たちを支えるマネージャー視点で描く「星屑」たちの物語です。
『異常なしです、どうぞ』と『演歌界の大御所』である城田万里子(しろた まりこ)の部屋へと先に入りチェックを済ませて本人を招き入れるのは『鳳プロ』に務める主人公の樋口桐絵(ひぐち きりえ)。昨年起こった『若い女性アイドル歌手の部屋に、行き過ぎたファンが運送業者を装って押し入ろうとした事件』以降、本人より先に部屋を確認することを励行することなったものの、城田本人は『こんなオバサンの部屋に、誰か忍んでくるわけもない』と冷静に話します。そんな城田に『暇を告げ』た桐絵は上司の峰岸が運転する車に乗り込みます。『そういえば俺ら、明日は出張か』と呑気に語る峰岸に『福岡です』、『飛行機は朝十時ですからね』と念を押す桐絵は『「鳳プロ」が毎年行っている、新人発掘オーディションの地区大会』のことを思います。
場面は変わり、『ほぼ満席』という『博多の中心部に位置する市民センターのホール』へとやってきた峰岸は集まった二十名ほどの出場者を見渡し『どう思うよ、おい』と桐絵に話しかけます。『…そうですね。ふたを開けてみないことには何とも』と返す桐絵に『つくづく甘っちょろいなぁ、お前は』と言う峰岸を見て、『めぼしいのがいない、と言いた』いのだろうと思う桐絵。そして、一日をかけて『二人の受賞者を出すことはできた』ものの『あんなのが本選で通用するとでも思ってんのか』と言う峰岸。そんな峰岸はイベント終了後『博多ロックの聖地』と言われる『ほらあなはうす』という『ライブハウス』へと桐絵を連れていきます。『アンプが爆発するかのような轟音』に『思わず両手で耳を塞』ぐ桐絵は『音楽じゃないでしょう、こんなの!』と不満を示しますが、『峰岸は鼻で嗤っ』て無視します。『私…帰ります』と先を立とうとする桐絵を『あと二組だけ付き合えよ』と言う峰岸。そんな中、『ザ・マグナムズ』というバンドが演奏を始めます。『え、子ども?』と桐絵が思う中にボーカルが歌い始めます。そんな声に『一瞬で耳を持っていかれた』桐絵の横で、『ほーお』と『身を乗り出す』峰岸。『もの凄い声だ。細い体のいったいどこから、あんなハスキーな、狼の遠吠えを思わせる声が出るのか』と思う桐絵は『まさか、「女の子?」』と驚きます。演奏終了後、『おい、キリエ!』という峰岸の声に『我に返った』桐絵は『立ち上がり、ステージ上手のドアへ突進して』いきます。『関係者以外は立入禁止』の掲示を無視して楽屋へと入った桐絵は『なんやキサン』と言われますが、たくさんの人の中から先ほどのボーカルを見つけ『私、東京の芸能プロダクションで仕事をしている、樋口といいます』と話しかけます。他の面々からミチルと呼ばれた少女に『あなた、東京に出てくる気はない?…うちの研究生としてまずレッスンを受けて…』と説明を始めた桐絵ですが、『おうおう、ちょっと待たんね、オバサン』とやってきたリーダー格の男に『「立入禁止」って書いてあったろうもん』と追い出されてしまいます。
再び場面は変わり、東京へと戻ってきた桐絵は峰岸と福岡でのことを話しますが、『あれをスカウトしたとして、いったいどうやって売り出すつもりよ』、『ああいうハードなロックやブルースは、悲しいかな日本じゃ根付かねえのよ』と言われてしまいます。
三度場面は変わり、『クリスマス・イブを翌週に控えた日曜日』、『「鳳プロ」スカウト・キャンペーン東京本選が開催』され『グランプリ受賞者だけは、初めから華々しいデビューが確約されている』という中、地区大会を勝ち抜いた三十名が出場します。出場者が順に舞台に立つ中、『ひとりの少女が上手から現れた時、観客席にふっと不思議な空気が流れ』ます。『…佐藤真由、十四歳。東京生まれです』と大会最年少で登場、歌い出した声に『客席がどよめ』きます。『中学二年生とは思えない歌唱力だ』と感じる桐絵ですが一方で聴けば聴くほど、違和感がつの』ります。そして、『これまでで最も大きな拍手』で終わった歌唱。しかし、マイクを向けられた審査員の城田万里子は、『歌が上手だってことはよくわかったわ』、『でも、心は揺さぶられなかった…あなたの歌に、本気を感じられないから…』と話したことで会場は冷え切ります。とは言え、最終的に『ただ一人選ばれたグランプリ受賞者は、十四歳の佐藤真由』に決まりました。
四度場面は変わり、『博多の街に降り立つのは、ほぼ二ヶ月ぶり』と『強引に代休をとり、自腹を切って』博多へとやってきた桐絵は『ほらあなはうす』のマスターを頼って、ミチルの元へと赴きます。自己紹介をし、『あなた、歌手になりたくはない?』とミチルに問いかける桐絵。真由とミチルという二人の逸材をスターダムに押し上げるべく奮闘する『マネージャー』の桐絵の姿が描かれていきます。
“大手芸能プロ「鳳プロ」のマネージャーながらも、雑用ばかりでくさっていた桐絵は、博多のライブハウスで歌う16歳の少女・ミチルに惚れ込み、上京させる。鳳プロでは、専務の14歳の娘・真由を大型新人としてデビューさせることが決まっており、ミチルに芽はないはずだった。しかし彼女のまっすぐな情熱と声は周囲を動かしてゆく。反りが合わずに喧嘩ばかりの二人。妨害、挫折、出生の秘密、スキャンダル…その果てに少女たちが見るものは”と内容紹介にうたわれるこの作品。”迫真の芸能界小説の誕生!”と本の帯に大きく記されている通り、この作品は『芸能界』の舞台裏を生々しく描いていきます。元々は「宮崎日日新聞」など17誌に2020年10月から2022年6月にかけて連載されていた作品のようですが、2022年7月6日に単行本、そして、2025年1月9日に550ページの文庫として刊行され、圧倒的な物量で十分な読み応えを提供してくれます。
読みどころ多々なこの作品ですが三つの視点から見てみましょう。まず一つ目はこの作品の舞台となった時代との関係性です。こんな表現が登場します。
『土曜夜の「8時に集合!」や、同じ時間帯のライバル番組「銀ちゃんのドンドコやろう」に出る』
これらは前者が「8時だよ全員集合!」であり、後者が「欽ちゃんのドンとやってみよう!」であることは間違いないと思います。それぞれ1971年10月から1985年9月までと、1975年4月から1980年3月に毎週土曜日に放映されていたテレビ番組です。両者の放映期間の共通期間からこの作品の舞台が1970年代後半から1980年代前半であることがわかります。そして、この作品の醍醐味は両人気テレビ番組同様に仮名化された歌手たちが登場するところです。こちらも見てみましょう。
・城田万里子: 熊本県出身、演歌界の大御所
→ 八代亜紀さん?
・高尾良晃: 作曲家、指揮もする
→ 平尾昌晃さん?
・ピンキーガールズ: 露出度高めのセクシーな衣装で激しく踊りながら歌う女性デュオ
→ ピンク・レディーさん?
この面々は物語で会話含めて多々登場します。それは、イメージすればするほどにとてもリアルな存在感をもって浮かび上がってくるほどです。さらには、名前だけではありますが、こんな名前も次々と登場します。
・『北山四郎、三木ひろし、森進吉、中尊寺京子や淡山より子といった大ベテラン勢』
・『南城広樹、野田二郎、神まさみの御三家や、林雅子、梅田純子、谷口桃代の若いトリオ』
・『前原つよしとドゥーワップスが出て、淡山より子がブルースを歌う』
これはあの人、これはこの人と特定しながら読んでいくのも面白そうです。もちろんこの時代を知らない方には全くもって意味不明かもしれませんが…。
次に二つ目は、そんな面々が活躍する芸能界の舞台裏を描く物語です。もちろんこの作品が描く時代は上記の通り恐らくは1980年頃を想定していると思われ、現代とは時代背景が異なる部分もあるとは思いますが幾つか見てみましょう。まずは歌手のバックで踊る『ジュニア』についてです。
『将来有望なタレントの卵や、デビューまでは望み薄な〈孵らない卵〉たちを、一山いくらでステージに上げ、スター歌手のバックで歌って踊らせる。中にはめきめきと頭角を現して大きく羽ばたく者もいるし、たとえ芽は出ずとも我が子がそうしてテレビにさえ映れば、高い月謝を払っている親たちはとりあえず納得するという仕組みだ』。
某大手芸能事務所のことを思い起こさせますが、『テレビにさえ映れば、高い月謝を払っている親たちはとりあえず納得する』という記述が直球すぎて引きそうです。まあ、実際には昔からそういうものだったのでしょうね。次はこれまた芸能界の厳しい現実を説くある人物の語りです。
『椅子取りゲームなのよ、芸能界は。個性がどうとか言ったってね、その個性ですら相対評価なの。そら怖ろしいほどの才能を持ってる人が、同じくらい才能のあるライバルの何倍も努力することでようやくトップの座を守ってる、それがこの世界なのよ』。
ある場面で語られる言葉ですが、とても重い響きをもって登場人物の心に落ちていきます。もちろんどんな世界であってもこの世は競争社会です。しかし、『芸能界』は華やかに見える分、その競争は熾烈なのだと思います。今日も笑顔でテレビに出演されていらっしゃる『歌手』のみなさんが置かれている厳しい現実を感じもします。
そして、最後に三つ目は、この”芸能界小説”の主人公が『マネージャー』の樋口桐絵であるという点です。プロの『歌手』のみなさんの裏に『マネージャー』の存在があることは誰だって知っていることです。しかし、その存在を目にすることはありません。小説ではそんな『マネージャー』という裏方の存在も重要な意味をもってきます。
『マネージャー』の存在を含めた『芸能界』を描いた作品と言えば、『芸能界』をスターダムにのし上がっていく者の栄光と失墜を描く綿矢りささん「夢を与える」、女優の姉を支える付き人の妹視点で物語を描く神田茜さん「シャドウ」があります。いずれも非常によく出来た作品であり、光の当たるところにいる存在が、付き人なしで存在しえないことがよく分かります。そして、この村山由佳さんの作品では、これが『マネージャー』の”お仕事小説”と言いきって良いくらいにそのリアルな姿が描かれていきます。そもそもこの作品で、デビューを果たすミチルを見出したのは『マネージャー』の桐絵ですし、終始そんな桐絵視点で描かれていく物語は『マネージャー』の存在なくしては語れません。そして、その役割はこんな風に表現されています。
『いずれ星にまで昇りつめられるかもしれない宝石の原石を見つけ出すこと、それを磨きに磨いて舞台にのせること、そして彼らがうっかり墜ちてしまわないようにありとあらゆる手段を使って支えること』
なんとも大変な仕事であることが分かります。また、彼らの存在なくして星となるスターが生まれることがないことも分かります。
『夢を賭けられるような原石を見つけ出して、自分の手で磨き、舞台の上へ押し上げてみたい』
そんな風に強く願う桐絵。しかし、その仕事の現実は非常に厳しいものです。
『時間や気力は根こそぎ奪われるのだ。すべての物事がタレントを中心に回る日常では、自分の生活など無きに等しい。疲れ果て、いつしか笑い方さえ忘れた。いったい何のためにこんなことを続けているのか、そもそも何がやりたくてこの仕事についたのだったか、自分でもわからなくなることがしばしばだった』
物語では、1980年という時代もあって『女の言うことなんか』と取り合ってもらえないことしばしばの中に苦悩し、それでもスターダムにのしあがっていく少女たちの姿を見て『あの子たちを乗せた舟の帆に風を送るため』と力を振り絞っていく桐絵の姿が描かれていきます。華やかな舞台の裏側に見る『マネージャー』の存在の大きさに心打たれました。
そんなこの作品には、二人の少女が登場します。『鳳プロ』の専務の娘である真由と、たまたま桐絵が博多のライブハウスで見そめたミチルという二人はそれぞれ14歳と16歳という少女たちです。そんな二人と関わっていく桐絵は、専務の娘ということで小さい頃から甘やかされて育った真由の扱いに苦慮します。
『ここまでわがまま放題に育った世間知らずのお嬢様を、どこよりも礼儀が重んじられる芸能界で通用するように育てなくてはならないのかと思うと、いっそ全部を投げ出してしまいたくなった』
そんな風に一筋縄にはいかない真由との関係性に思い悩む桐絵は一方で自らが見出したミチルに力を注ぎたいと思うも『レッスンさえも受けられないように妨害』する上司の峰岸の存在など、どうにも立ち行かない日々を送ります。そんな中にやがて思ってもみない形で道が開けていきます。しかし、それは桐絵の強い思いがあってのことです。
『何としてでもミチルを、日の当たるところへ引っ張り出してやらなくては。いや、それだけでは足りない。多くのタレントたちの中でもひときわ眩しく輝く、〈スター〉と呼ばれる地位にまで押し上げなくては』
そんな強い思いの先に展開していく物語は、『芸能界』を上り詰めていく彼女たちの姿を単純に描くわけではありません。この作品は〈プロローグ〉と〈エピローグ〉に挟まれた〈ステージ○〉とつけられた11の章から構成されていますが、〈波紋〉〈闇夜〉と副題のつく章などまさかの出来事によりいとも簡単に堕ちていく、もしくは蹴落とされる『芸能界』ならではの怖さを見せつけてもくれます。そしてまた、予想外な方向に物語は展開もしていきます。しかし、そこは村山由佳さんです。あのことがこんな風に繋がるの!と驚く鮮やかな伏線の妙を見せる物語が展開していきます。そして、綴られる結末。そこには、書名の「星屑」=『スターダスト』という言葉の意味に深い思いをこめる中に、極めて清々しく綴られる物語の姿がありました。
『この子を、一人前の歌手に育てるのだ』
博多の『ライブハウス』で偶然に見出したひとりの少女を前に、そんな強い決意を抱く主人公の桐絵。この作品では、真由とミチルという二人の傑出した原石を『スター』へと押し上げるべく奮闘する『マネージャー』の桐絵視点で物語が描かれていました。芸能界の舞台裏を興味深く描くこの作品。そんな中に”お仕事小説”として、『マネージャー』の存在を力強く描くこの作品。
信じられないほどの圧倒的な読後感の良さ。村山由佳さんの物語作りの上手さを改めて実感させられる素晴らしい作品でした。