「本当に厳しい戦いだった。けれども当選できたということは、国民が認めてくれたということです。頑張った甲斐がありました。本当に良かった」
7月21日の参院選開票日、記者は自民党の公認を得、比例代表から出馬したワタミ創業者の渡邊美樹氏の選挙対策事務所にいた。「当確」が報じられたのは、翌22日の明け方3時半。選挙活動の応援に携わっていたスタッフは、興奮気味にこう語った。
「当確」の一報を受けて姿を現した渡邊美樹氏は、「長い夜を過ごさせてしまいました」と挨拶。支援者やワタミグループのスタッフたちと喜びを分かち合いながら、握手や万歳を繰り返していた。
参院選の間、記者は渡邊美樹氏を取材していた。当確後の声は、本誌7月29日号時事深層「渡邊氏、ブラック批判に苦戦」に書いている。参院選取材の対象として、渡邊氏を選んだ理由は1つ。「ワタミはブラック企業だ」という批判を、渡邊美樹氏や彼の陣営がどのように受け止めているか知りたかったからだ。
日経ビジネスでは、4月15日号の本誌で特集「それをやったら、ブラック企業」という特集を組んだ。「ブラック企業」という言葉が、就職活動中の学生や入社数年目の若手社員を中心に広がっていた。「ブラック」と見なされることは企業の採用活動や営業活動にも大きなダメージを与えると分析し、「ブラック」と言われないための新卒採用や新人研修について紹介している。
この取材の一貫で編集部は当時、「ブラック」という批判を受けていた企業の経営者に、インタビューを申し込んでいた。多くの企業が取材を断る中、ファーストリテイリングの柳井正会長は取材に応じ、柳井会長が考える人材教育について語った(インタビュー全録は日経ビジネスオンライン「甘やかして、世界で勝てるのか」に掲載)。
この流れで、ワタミにも取材を打診。当初は広報から「答えたくない」という回答を得たが、その後交渉を重ねる中で、創業者の渡邊美樹氏か、ワタミ社長の桑原豊氏をインタビューできる可能性が出てきた。結局、スケジュールなどの都合を理由にインタビューは実現できなかった。だが妥協策として桑原豊社長の手記を、日経ビジネスオンラインに掲載できるようになった(「我々の離職率は高くない」)。
この2つのインタビューはネットを中心に大きな反響を得た。「反響」というよりは、「炎上」したという表現が正しい。柳井会長と桑原社長の主張に、数々の批判的なコメントが寄せられたのだ。だが、両社のインタビューに対する反応をつぶさに見比べると、批判の内容は異なっている。
確かに柳井会長のインタビューへの批判は多かった。だが「柳井会長の主張に賛同する」「競争の激しいグローバル市場で勝つためには、これくらいの厳しさが必要だ」と、擁護する声も寄せられていた。実際、本誌発売後の取材では、「柳井さんの言うことはまっとうだよ」と打ち明ける経営者も多かった。
一方、ワタミの桑原社長の主張については、批判の声ばかりとなった。「ブラック企業」と呼ばれることに対しての分析がなかったことや、ワタミ側の主張ばかりが掲載されたことが大きな要因だ。
インタビュー公開直後はそれぞれ大きな反響があったが、その後ファーストリテイリング側へのブラック批判は、少しずつ減っていった。だが一方で、ワタミは引き続きブラック批判が繰り返され、創業者である渡邊美樹氏の選挙活動にも大きな影響を与えていた。
選挙期間中、共産党は党全体を挙げて、ブラック批判を展開。その象徴として、自民党が擁立した渡邊美樹氏を集中攻撃した。週刊誌も7週連続で渡邊氏を批判する記事を掲載。選挙期間を通して、「ワタミ=ブラック」という批判は日々、増していった。
選挙戦最終日の7月20日、記者は渡邊氏に終日、密着した。この日、渡邊氏は都内を回りながら、街行く人々と握手や記念撮影を繰り返していた。
さすがに知名度の高い経営者らしく、渡邊氏に握手を求める有権者は後を絶たない。「頑張ってね」「あなたのファンなの」「(ワタミが手がける弁当配達サービスの)『宅食』を使っているの、ありがとうね」……。こんな言葉とともに、中高年女性が渡邊氏の近くに集まっていく。中には若い男女もおり、「前までワタミでバイトしていたんです」と言いながら、渡邊氏と握手をしていた。
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