ひどく私的なことなのだが、何も用事がない休日は近所の小学校に娘を連れていくことが多い。何のことはない。校庭が遊び場として開放されるからだ。

 東京都江戸川区にあるわが住まいの近くには、子供が思いっきり走り回れるような公園などが少ない。バットで思い切りボールを打ったり、手加減抜きでサッカーボールを蹴り上げたりできるような場所となると、皆無といってもいいくらいだ。

 小学1年生の娘はボール遊びが三度の飯よりも好きで、父親と走り回れる休日の校庭開放を心待ちにしているらしい。用事があったり、雨が降ったりして「計画」が実行できなくなるとひどく不機嫌になり、こちらは閉口する。恥ずかしながら泣きわめく時もあるくらいだから、子供なりに真剣な思いなのだろう。

 そんな娘が先日、大荒れに荒れた。時間は午前9時過ぎ。当日の天気は快晴で、サッカーボールとバットとバドミントンラケットと水筒を抱えて、準備は万端。いつもはいない母親と妹もついてきて、はた目にもいつになくウキウキしているのが分かる。ところが徒歩10分もかからない学校に着くと、校門が閉じていた。

 「なんで開いてないの!?」

 途端に声を荒げる娘。思わず、「(門を開けてくれる)管理のおじいちゃんが遅れてるのかなぁ。でももう20分くらい過ぎてるから、なんかあるのかも」としどろもどろになる親。

 年末年始や運動会に重なったときなど、休日でも門が開かない時は確かにあった。だが、近所の学校はお盆の時期だって開いていた。今日は9月中旬の祝日の月曜日。ハテ、通常の休みの日のはずだけど……。と考えたところ、妻が声を上げた。「敬老の日だ」。

別格扱いの「敬老の日」

 妻が指し示した門の掲示を見ると、そこには遊び場開放の「お休み」として、「学校行事と重なる日」「悪天候の日」「年末年始」とあった。日付は空欄だったが、「8月●日」となっているのはお盆を意識しているのだろう。そしてそれらと並んで唯一、特定の日として掲げられていたのが「敬老の日」だった。

 「敬老の日か」と私。「ここだけ、えらくピンポイントだね」と妻。「管理の人がみんなおじいちゃんだから、休みってことなのかね」「祝日の中でも特別扱いか」。そんな大人の会話を聞いた娘は、怪訝そうな表情で「ケーローの日ってなに?」と聞いてきた。

 ここまで書いてきてなんだが、その後の我が家の顛末は本論と関係ないので、ご想像にお任せしたい。言いたいのは、我が家の家庭円満は、日曜も祝日も校庭の管理をしてくれている高齢者の労働力によって守られていたことに、気づかされたということだ。

 気になったので、後日「敬老の日」を休みにしている理由を江戸川区に問い合わせた。暇人、とはどうか思わないでいただきたい。この時点で記事にできるかなと思っていたので、立派に仕事の一環である。

 区の担当者に電話を掛けた。

:区内の小学校の「遊び場開放」を、他の祝日は実施しているのに「敬老の日」だけなぜ休みにしているんですか。

:こちらでははっきりと理由は把握していませんが、恐らく高齢者の事情に配慮してのことだと思います。遊び場開放は「熟年人材センター」に業務を委託していますので。

 江戸川区の熟年人材センターとは、一般的に「シルバー人材センター」と呼ばれる、高齢の求職者に「請負・委任」といった形で仕事をあっせんする団体と同じと思ってもらえばいい。そこが仕事を受託しているということは、私の家の近くに限らず、江戸川区内の小学校の校庭はすべて高齢者が開放・管理しているのだろう。

「高齢者の仕事は増えています」

 熟年人材センターにも問い合わせた。担当者が語る。

:確かに、遊び場開放は敬老の日は休みにさせていただいています。我々が受ける仕事で、そうした例が多いわけではありませんが、この件に関しては区の方が高齢者の事情に配慮してくれたということになります。

:敬老の日を休みにすると、人材の方からはやはり喜ばれるんですか?

:そうですね。家族や親戚と会いたいという人もいますし、町内会とか、やはりその日に合わせた催事なんかも多いですからね。毎年祝い事をしている、という人もいます。他の祝日とは違います。

:人手不足が深刻化しつつありますが、高齢者の雇用状況は変化していますか。

:少しずつではありますが、やはり仕事は増えています。清掃業務などが多いですけどね。我々は給与ではなく分配金という言葉を使っていますが、仕事に対する報酬も徐々に良くなっています。

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