世界経済の正常化でモノの需要が一気に膨らみ、原材料価格や物流費を押し上げている。乾いた雑巾を絞るようにただコストを削るだけでは企業も働き手もジリ貧になってしまう。コストを下げて儲(もう)けるという発想と決別を――。「貧しいニッポン」を憂う1人の経営者が声を上げた。
「日本企業が当たり前のように調達できた部品や素材が買えなくなるかもしれない」。危機感をあらわにするのは、住宅設備機器・建材メーカー大手、LIXILの瀬戸欣哉取締役代表執行役社長兼CEO(最高経営責任者)だ。
新型コロナウイルス禍からの経済正常化で、あらゆるモノの需要が一気に高まった2021年。様々な原材料の価格が上昇している。LIXILの主力製品、サッシに使うアルミニウムの価格はこの1年で50%上昇した。水回り製品やドア、フェンスと製品全般に使われる鋼材や、水栓金具の材料となる銅も歴史的な高値水準にある。
物流コストも上昇した。中国から欧米に運ぶ物資が増え、コンテナの手当てがつかない。運賃は、コロナ禍前の5~6倍まで跳ね上がった。燃料価格の上昇、船から積み荷を降ろす作業に携わる人員の不足もコスト増に拍車をかける。
瀬戸氏は「こうしたコストアップは一時的なものでなく、長期に向き合わなければならない課題」と捉えている。途上国の生活水準が上がり、世界中であらゆる物資の需要が膨らんでいるためだ。
調達コストを最小化しようと世界中の企業が調達網を見直した結果、買い付け先が1か所に集中してしまうことも以前より増えた。結果、売り手が有利になり、買い付け価格の上昇が起こりやすくなっている。
環境や人権問題に対する意識の高まりも思わぬ形で調達コストに跳ね返る。21年秋に起こった火力発電所の発電抑制を主因とする中国の電力不足問題は、その最たるものだろう。
消費者が欲しい商品を常に供給できるようにするためには、多少コストがかかったとしても、調達先を分散させたり、変更したりする体制の再構築が求められる。
窮乏化政策はもう限界
次から次へと押し寄せるコストアップの波にどう対処するか。瀬戸氏は値上げを決断する。21年は4月にユニットバスやトイレ、キッチンのメーカー希望小売価格を最大で15%上げた。そして12月7日に、22年4月以降受注分のユニットバス、トイレ、キッチンの値上げを発表する(ユニットバスの一部は12月に実施)。今回の値上げ幅は最大で40%近い商品もある。
これだけLIXILが価格転嫁できるのは、日本に住宅設備機器や建材を手掛けるメーカーが少ないからだとの見方もあるだろう。しかし瀬戸氏は、質の高い商品を安定供給する代わりに、その対価を消費者から受け取ることが、ビジネスの本来の原則だと考える。
「(経済活動の)最終目的はみんな、もしくは日本という共同体が幸せになるということ。最終的には賃金を上げなくてはならない。だが、コスト削減ばかり考えていると上げられない。そういう『窮乏化政策』ではなくて、価値のあるモノを作って価値のあるモノを買える人を増やさないといけない」。瀬戸氏はこう訴える。
どれだけの企業経営者が瀬戸氏の訴えに耳を貸すだろうか。瀬戸氏も認めるが、多くの日本企業にとって安値でシェアを大きくして成長するという事業モデルが典型的な成功の原体験だ。高い値段でモノを売って利益を創出するというより、安く作って利益を捻出するというイメージだ。
負のスパイラル
日本企業の安売り志向はデータにも表れている。企業が製造コストの何倍の価格で販売できているかを測る「マークアップ率」を国際比較した18年の国際通貨基金(IMF)の論文によると、1990年以降、日本企業のマークアップ率は米国や欧州を一貫して下回る。景況感が改善したアベノミクスの間ですら1.1倍前後と、米国の約1.6倍や欧州の約1.3倍より低かった。
そうした企業行動が積み重なって生まれたのが“貧しいニッポン”だ。日本人の賃金は過去20年ほとんど上がっていない。経済協力開発機構(OECD)の統計によると、物価水準を加味した購買力平価ベースで見た日本の平均賃金(年額)は20年時点で3万8514ドル(約435万円)。00年の3万8364ドルから、わずか0.4%という伸び率だ。
米国や韓国では同じ20年間でそれぞれ賃金が25.3%、43.5%上昇している。「企業収益が低迷→増えない賃金→消費の冷え込み→企業が値上げを躊躇(ちゅうちょ)」。日本では、この負のスパイラルが回り続けた。
賃金と並行して物価も上がらないため、国内での日常生活では貧しくなっていると実感することはあまりない。このことが人々の問題認識を遅らせてしまった。
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