ソフトバンクグループの孫正義社長が人生最大の賭けに打って出た。
 来年8月に予定していた退任を今年6月に撤回すると、7月には約3.3兆円で英半導体大手のアーム・ホールディングスを買収した。
 アームは、スマートフォンやタブレット端末などの頭脳と言える「CPU(中央処理演算装置」の設計開発を手掛け、スマートフォン向けでは世界で95%以上の市場シェアを誇る。
 ソフトバンクグループはこの企業を買収し、どうしようと言うのか。孫社長はどんな近未来の到来を予見しているのか。
 「私は常に7手先まで読みながら碁の石を打っていく。まあ、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない」――。英国での買収記者会見でこう語った孫社長。ならば、本人の口から説明してもらおう。

(聞き手は、井上理、田村賢司主任編集委員、水野孝彦、大西孝弘=日経エコロジー)

インタビューに答えるソフトバンクグループの孫正義社長。社長室に通じる会議室には坂本龍馬のパネルが飾られている(写真:的野 弘路、以下同)
インタビューに答えるソフトバンクグループの孫正義社長。社長室に通じる会議室には坂本龍馬のパネルが飾られている(写真:的野 弘路、以下同)

 「まだ、隠しておきたい部分がいろいろとあるんですよ。どうせ言っても信じてもらえないでしょうしね。けれども、せっかくですから、今日は少し、本音のところを話したいと思います」

 「僕は『シンギュラリティー』は必ずやってくると信じている。つまり20年とか30年という時間軸で、人間が生み出した人工知能による『超知性』が、人間の知的能力をはるかに超えていくと。一度超えると、もう二度と人類が逆転できないほどの差が開いていくと思うんですね」

超知性は人類を幸せにする

<b>孫正義(そん・まさよし)</b><br />1957年8月、佐賀県鳥栖市生まれ、58歳。ソフトバンクグループ社長。81年、日本ソフトバンク設立、社長に就任。96年ヤフー会長、2007年ボーダフォン(現ソフトバンク)社長兼CEO、2013年米スプリント会長に就任。2015年、ヤフー取締役、ソフトバンク会長となり、現職
孫正義(そん・まさよし)
1957年8月、佐賀県鳥栖市生まれ、58歳。ソフトバンクグループ社長。81年、日本ソフトバンク設立、社長に就任。96年ヤフー会長、2007年ボーダフォン(現ソフトバンク)社長兼CEO、2013年米スプリント会長に就任。2015年、ヤフー取締役、ソフトバンク会長となり、現職

 「超知性が人間の英知を超えていくということに、多くの人は恐れを抱くと思うんですけれども、僕はそれは人間の幸せと『ハーモナイズ』できると、そう思っているんですよ」

 「例えば、自然界の大災害。これを人間の手で止めることはできないけれども、いつどこで、どの規模で災害が発生するかを的確に予知することは、超知性によってできるようになる。災害による被害を最小限にとどめることができるようになると」

 「あるいは、今まで人類が不治の病としていた、人間の知恵では解決できなかった病気が解決できるようになる。超知性は、人類の不幸な部分を減らすことができるわけです」

 「僕はそういう社会が来ることを望んでいるし、それは誰かが止めることができるものでもなくて、自然とそうなっていく。その時、必ず悪い意図を持って技術の進化を迎え入れようとする人も出てきてしまう。けれども我々は、社会を幸せなものにしようとする人を一人でも多く増やすために、良き心を持った側として貢献していきたいと思っているんですね」

 「ただし、貢献したいという気持ちだけではだめで『手だて』を持ってなきゃいけない。その手だてとして最強となるのが、まさにアームなんです」

 「超知性は『ディープラーニング(深層学習)』によって進化していく。シンプルに言うと、見たもの、聞いたもの、触ったもの、あらゆるデータを全部学習しなさいということです。そのデータはどこから来るか。それは、アームのCPUなんです」

 「アームは、昨年1年間の実績でインテルの約40倍のCPUを世の中に出しています(編集部注:アームのライセンス供与を受け製造されたチップの総数)。これからIoT(モノのインターネット化)の時代に入り、その数はますます増えていく」

アームをどう変えるのか

 「20年という単位で見れば、アームのチップは1兆個、地球上にばらまかれる。20年後には全世界のCPUの圧倒的大半になっているだろうと。つまり、地球上の森羅万象をより広く早く的確に把握できるようになる。そこからやってくる様々なデータ、これが、超知性の進化、人類の幸せへのカギになると僕は思っているんです」

 「それは当然、我々だけで成し遂げられるものではない。我々は『プラットフォーム』に徹する。要するに、パートナーシップモデルです」

 「世界中の企業やエンジニアたちが何百万種類というアプリケーションを米アップルや米グーグルが作ったプラットフォームの上で開発している。それと同じで、医学や自動車といった分野ごとに我々のプラットフォームを活用する人々がたくさん登場すると。データを収集する機器を作ったり個人から許諾を得たりしたあらゆる企業が、そのデータを活用していくようになるはずです」

 人類に幸せをもたらす超知性の到来に備え、あらゆる企業が活用しやすいプラットフォームをアームを軸に築いていく。そのために孫社長はアームをどう変えていこうとしているのか。孫社長のアタマの中にはどこまで具体的な絵が描かれているのだろうか。

 「ここ最近、アームの経営陣と何度も話をしているんですけれど、彼ら自身がはっきりと言っているのは、自分たちはチップの設計はできると。しかし、チップが出荷された後、どういう形で本当のプラットフォームになっていくべきかということについては、実は経験も手だてもないと」

 「もう一つは、これからIoTだとか、いろいろなパラダイムシフトが待ち受けていることに自分たちはワクワクしている。本来は積極的に先行投資をしてもっとエンジンを噴かすべきだけれど、自分たちとしては歯がゆいことにコントロールしながら経営をしている」

 「つまり上場企業として四半期ごとに利益を着実に伸ばしていかなければならないジレンマの中でやっていると。具体的には、エンジニアの数をもっと増やして、もっと研究開発費もつぎ込みたいということです」

 「それが今回、ソフトバンクグループの傘下になり、非上場となることで、目先の最終利益を一時的に傷めてでも先行投資して、一気に加速できるようになるのはありがたいと。もう大歓迎だと言って、喜んでいるんですね」

 「この先、あまり詳しい計画はまだ言いたくないけれども、やる以上は、当然ケチくさいことは考えていません」

 「(プラットフォームを)どこまでどういう形で、いつ実現させるのか、というのはいろいろなバランスで考えなきゃいけない。でも、心構えとしては、広く多くの人々に貢献したいと、心底、そう思っている。だから、そこに対する一つの責任として、僕は少なくとも10年くらいは社長を継続したいと思ったんです」

ニケシュ・アローラ氏退任の真相は?

 グーグルから三顧の礼をもって迎えたニケシュ・アローラ氏。来年8月11日に迎える還暦の誕生日に社長を託そうと考えていた孫社長だが、シンギュラリティーや超知性への欲望をかき立てられ、翻意した。孫社長がアローラ氏に本心を告げたのは6月中旬とされる。すると、アローラ氏はソフトバンクを去った。以上が、これまでの公式見解である
 だが、市場関係者などの間では様々な臆測を呼んだ。「投資方針を巡り、孫社長とアローラ氏に確執があったのではないか」「アームの買収で何らかの齟齬があったのでは」との邪推も広がった。真相はどうだったのだろうか。

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 日経ビジネス8月8日・15日合併号緊急特集では、「アローラ氏退任の真相」から、孫社長が考える「超知性による近未来の世界」「アームによるプラットフォームの具体像」まで、インタビューの全編をご覧いただけます。

 また、ソフトバンクグループを待ち受ける4つの懸念、「IoT時代の盟主となれるか」「既存事業とシナジー出せるか」「有利子負債など財務リスク」「振り出しに戻った後継者リスク」についても検証しています。孫社長はどう答えるのか。合わせてお読みください。

(日経ビジネス8月8日・15日合併号の緊急特集は、こちらのデジタル版「退任撤回、アーム買収 孫正義『本音を話そう』」と「検証、4つの『懸念』」でもお読みいただけます)

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