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パルムドール受賞映画への期待値が大きすぎたのか、初見では物足りなさを感じたが、繰り返し観ると、実にスルメのように味わい深い作品であった。
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■状況証拠しかない中での判断の危うさ
確定的な目撃情報や物的証拠がない。そのため、様々な状況証拠が集められる。
・「妻による激情殺人」の可能性を裏付けるため、直前の夫婦の会話が怒号だったのか、あるいは会話の延長線上だったのかを立証せんと、ダニエルに聞こえる声の限界を執拗に測る場面は、その微細な差異に固執する様が滑稽に映った。それぐらいしか糸口がないのは解るが。それにしても遠い。。。
・落下の再現テストをおこなった結果、血痕の位置から「突き落とされない限りありえない」と断言する調査官。たった3つの血痕だけで断言するのか。。。
・対して血痕分析の専門家は「窓から落ち、屋根に当たって頭を損傷したのだ。屋根にDNAが残ってないのは雪が洗い流したから。」と調査官の意見に反論する。
・薬を減らしたいと医師に相談していたサミュエルの行動を「自殺衝動」に結び付けたい弁護士と、それなら減らしたいと前向きな相談をしてくるのはおかしいと否定する医師。
・サンドラがゾーエを誘惑しようとしていたことを明らかにすることで「夫婦仲が終わっていたからだ。つまり妻による殺人はあり得る。」にもっていきたい検事。(遠いなあ。)
・前日の夫婦の口論の録音が提出される。生々しいやりとり。録音の後半にサンドラが激高しサミュエルを殴る音も。翌日の予行演習として決定的な証拠のように思うが、弁護士の冷静な一言。「されど、前日の話です。想像を事実と一緒くたにしてはならない。」
・次に検事は数年前にサンドラが書いた小説を引用。その中には泣き言をいう夫を殺そうと考える妻のフレーズが。弁護側はすぐさま「小説と事実は別物だ。S・キングは殺人鬼か。」と反論。(いや、ほんとに。)
・ダニエルがスヌープを病院に連れていくときに父親から言われた言葉を追加証言する。「スヌープはすごい犬だ。とても優れている。お前を危険から守り、お前に何が必要かを常に心を配っている。ただ、そのために疲れているかも。そしていつの日か力尽きる。つらいだろうが覚悟しておけ。それでもお前の人生は続く。。。。今考えると、あれは自分のことだったんだ。」あわてて検事が「過度に主観的でどう考えても証拠にはならない」と釘をさす。しかし、その言葉はブーメランのように自分たちに返ってきている。
検事側も弁護側も細い糸口で「殺人だ」「自殺だ」の主張を各々展開する。まるで悪魔の囁きのように。
混乱するダニエルにベルジェの言葉が響く。「材料が少なくて判断のしょうがなくても、決めるしかない。たとえ疑いがあっても一方に決めるのよ。1つを選ばないと。心を決めるの。」
そして裁判官の次の言葉も。「裁判の目的は自己検閲をせずに真実を明らかにすること」
(自己検閲とは集団内の同調圧力によって自分の意見を抑制してしまう心理現象や、表現や作品の作者が論議を呼びそうな部分を自分で削除してしまうことを指すこととのこと。)
ダニエルはスヌープの誤飲のことや、車の中での父との会話を証言する。自己検閲を排したのだ。そして心を決める。
「自殺だと思う。なぜならママがパパに飲ませる理由がない。何かが起きてその原因がわからない場合は裁判と同じで状況から考える。証拠を探しても確定的なものがないなら、自分で考える必要があります。」
悪魔の囁きを繰り返す検事は後ずさりするしかなかった。
しかし、証言の度にこうも推理が混じってくると裁判官は大変だな。(こりゃ冤罪もでるわ。)
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■いたたまれない夫婦関係
妻のサンドラは、野心家で小説家として成功しており、現実主義で肉食系。見た目からしてザ・ドイツという感じ。
夫のサミュエルは、妻への嫉妬や焦燥感を抱いていたところに、ダニエルの事故の責任(妻からの暗黙の責めも)という十字架をさらに背負ってしまった。打開しようと山奥に引っ越ししてペンションをはじめようとするが、改装工事もうまく進まず空回りするばかり。
サンドラがサミュエルに言い放った下記の言葉。自分に言われているようで刺さった。。。
「今のあなたと話し合うのは時間のムダだと思う。グチグチ言って時間が経つだけ。
その時間を使って何だろうとやりたいことやったら?書けないのを私のせいにしないで。」
「(俺にも時間をくれという夫に対し)正気で言ってるの?私は何も奪ってない。 あなたは息子との関係悪化を恐れ、今の状態に陥った。ここに引っ越すと決めたのはあなた。自分で作った罠よ。私のせいにしないで。あなたが自分で、、、。」
録音テープを聞いている間、傍聴席の人たちと同じようにいたたまれない気持ちであった。
ダニエルの事故がなければ、この二人の関係はどうだったのだろうか。。
※父親の死、母親の過去の不倫、父親の焦燥。自分の事故が夫婦間を険悪なものにしてしまった一要因であること、赤裸々な内容をすべて聞いてしまったダニエル。「ママが帰ってくるのが怖かった。」 「ママも帰るのが怖かった。」 もう裁判前の親子間には戻れない。これからのダニエルが心配だ。
※スヌープ(飼い犬)の演技が凄い。本当に演技なのか?そりゃ賞獲るわ。
※夫がスピーカーから鳴らす爆音の「P・I・M・P」、息子がかき弾くピアノ。どちらも癇に障る。そういう心象を表現しているのだろう。
※サンドラの顔が苦手だ。これぞドイツという感じ。『関心領域』の印象もあると思うが。ただこういう「強く複雑な女性」を演じられる稀有な俳優であることには間違いない。
※2つの録音は、ちょっと都合良すぎかと。
※ラッパーみたいな検事が新鮮。さすがフランス。