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僕の心のヤバイやつ 第1期のプリオのレビュー・感想・評価

僕の心のヤバイやつ 第1期(2023年製作のアニメ)
5.0
「僕が今最も殺したい女、山田杏奈」

これは1話冒頭の主人公・市川のセリフだが、ラブコメとはいえ、なかなかに過激だろう。

市川は闇の中で孤独を抱きながらも闇と己を同一化することで居心地の良さを感じる危うい人間だ。いっぽうで山田は光であり、何を考えているか分からない未知の存在としての象徴である。そしてそれは市川からすると表裏一体である<希望|絶望>の象徴でもあるだろう。

市川は山田と交流していくなかで、希望と絶望の間を揺れ動きながら変化していく。そして市川は『僕の心のヤバイやつ』の正体ひいては未知の可能性について迫っていくのだ。

"心のヤバイやつ"とは、心の中に潜む言語化できないモヤモヤのことを指すんだと思う。そのモヤモヤがなんなのかは、それは言語によって規定されることで決まる。つまり感情や思考が先にあるのではなく、言葉が先にあり、そこに感情や思考を当てはめるということになる。

だからこそ、言語化次第で、そのモヤモヤは規定されて薄まるわけだが、市川はあろうことかそれを"殺意"として解釈するのだ(ここが今シリーズの起承転結でいうと"起"の部分に当たる)。

その理由を一言でまとめるとしたら"世界の違い"だ。二人は世界が違うからこそ、目につくし、匂うし、気になるのだ。

市川(陰キャ、オタク、厨二病、カースト下位、狂気性、ネガティヴ)は、山田(陽キャ、自立性、コミュ力、カースト上位、モデル、フシギちゃん)のことを、意識せずにはいられないわけだ。

また、市川は山田が自分を好きになるはずがないと思い込んでいて、だからこそ山田に殺意を向けたり拒絶して自己を保とうとするわけだが、そんな彼の思考はまさにイソップ童話の"酸っぱいブドウ"の話を想起させるものだ。

高い木の上に成ったブドウを食べることができないキツネは、ブドウを酸っぱいと思い込むことで、ジャンプすることを止めるのだ。

つい人は自分に限界値や制約を設けて、現状維持に留まり安心感を覚えがちだ。要は、歪んだ価値観を持ち出して、内面的に勝利して自己を正当化し慰めるのだ(その背景には恥や自信の欠如、傷つくことへの恐怖があるだろう)。

でもときには、必死になって飛び上がるべき瞬間、自分の限界を超えてみることも必要だろう。失敗してもいい、情けなくてもいい、恥をかいてもいい、それでも戦っても勝ち取るべきもの、向き合うべきことが人生の中でいくらかはあるはずなのだ。

市川は山田と向き合っていくことで、諸々の思い込みを取り外していく。少し勇気を出して行動することで、二人の関係性・距離感も変わっていく。そして、そんな大切な時間・経験が市川にさまざまな発見をもたらす。

でも基本的にその展開はなんとも遅くてまどろこっしいものだ。殺意に関しては割と早い段階でなくなるものの、その"ヤバイやつ"がなんなのか、その正体がわかりかけても、市川と山田は徹底的に視聴者を焦らしてくるのだ。

でもそんなワンシーンワンシーンもずっと見ていたい気もする。とても愛しく微笑ましく、そして切なくて悲しいのだ。

見かけによらず凄く素敵な作品でした。


<余談だが>
正直、最初は下ネタ多めで面食らった。でもそれも段々とクセになるような感じで、謎に中毒性のあるアニメでした。

それにヨルシカを流しとけば全てオッケーだ。その下ネタからの儚いsuisさんの声とのギャップによりエモさが倍増。これは狙ってやったのか分からないが、すごい効果をもたらしていると思う。キモくてイタい物語がここまで美しくなっているのは、オープンニングとエンディングのおかげかと。


<セリフ集>

「僕が今最も殺したい女、山田杏奈」
殺意から始まり、恋で終わる物語
愛憎は紙一重であり表裏一体

「嫌いになる理由が欲しかっただけなんだ」
「本当は欲しくてたまらないのに、どうせ手に入らないから、一緒にいてどんどん好きになっていくのが怖いから」
まさにイソップ童話の酸っぱいブドウの話

「外では身分の差がより鮮明になる」
学校では同じ制服を着て生徒を演じている節があるのが、プライベートではそれとは違う顔をのぞかせる

「確かに今日の山田はちゃんとしてたな」
人にはいろんな顔があり、時と場合によって態度・姿勢は変わるもの

「山田さん、可愛いって言われない?」
「言われます!」
「強い!」
客観的事実をそのまま話す爽快感

「近づいたら離れるし、本当に猫みたいな人で。少しずつ少しずつゆっくり築いていった関係です。その時間も距離も私にとっては特別で大切なものなんだ」
時間や過程を慈しむ心

「私の心はわかるかな?」
市川の心はダダ漏れ状態だが、一方で山田の心は一貫して描かれない。女子の心は神秘。

「山田がいなくても楽しい。それでも、やっぱり山田に会いたい!」
自己・現状肯定からの行動
自分が好き⇔他者が好き

「私はただの弱い人間なんだなーって
今回のことでわかった。うじうじして人を羨んでばっかで、ネガティブてすぐ不安になって、どうしようもないけど、そんな自分が好き!
やっとそのことに気づけたんだと思う
だから、だからこそ、私を取り巻く全てのものが大切で、特別で、愛しく思えるんだ
こんな自分に気づかせてくれた市川京太郎
なにより大切で、誰より特別で、私の全部
大好き!」
自分が好き→他者が好き

「わたしの恋心」
最後の最後で語られる山田の心

「これが現実だなんてありえない。でもきっと、これが、僕と私の、恋心」
オタク肯定、妄想肯定、物語肯定
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