カドモス
カドモス(古希: Κάδμος, Kadmos, ラテン語: Cadmus)は、ギリシア神話の登場人物である。
フェニキアのテュロスの王アゲーノールとテーレパッサ(アルギオペーとも[1][2][3])の子で、キリクス、ポイニクス、エウローペーと兄弟、またタソスと異父兄弟[4]。アレースとアプロディーテーの娘ハルモニアーと結婚し[5][6]、イーノー、セメレー、アガウエー、アウトノエー、ポリュイードス[7][8]、イリュリオスをもうけた[9]。
テーバイの創建者[10]。青銅の発見者とも[11]、フェニキア文字の配列を変更し、ボイオーティア地方に伝えたという。
神話
[編集]エウローペーの捜索
[編集]ゼウスがカドモスの姉妹であるエウローペーをさらったとき、アゲーノールは息子たちを捜索のために発たせ、エウローペーを見つけるまで帰ってくることを禁じた。このときカドモスは母テーレパッサとともに船出してロドス島、テーラ島と経由してトラーキアに到着した[4]。この地でテーレパッサが死んだため、カドモスはデルポイまで赴いて今後の方針について神託を伺った。神託のお告げは「エウローペーを探すことはあきらめ、一頭の雌牛のあとをついてゆき、その牛が倒れたところに都を立てよ」というものだった[12]。
泉の大蛇退治
[編集]デルポイからポーキスに通じる街道で牛飼いたちに出会ったので、カドモスは白い満月の模様のある[2]雌牛を彼らから買い取り、一度も休ませずに追い立て、そのあとをついていった。雌牛はやがて疲れ果てて倒れたので、カドモスはその地にアテーナーの像を建て、牛を生贄にするために配下の者を近くの泉に水汲みに行かせた。しかし、その泉はアレースのもので、泉の番をしていた大蛇にカドモスの部下たちは殺されてしまった。怒ったカドモスは岩で[2]大蛇の頭を打って殺した。生贄を捧げると、アテーナーが姿を現してカドモスの行為を誉め、大蛇の牙を地中に播くよう告げた。カドモスがいわれたとおりにすると、地中から武装した男たちが飛び出してきた。カドモスが彼らの真ん中に岩を投げつけると、男たちはてんでに殺し合いを始めた。最後まで生き残った5人がカドモスに忠誠を誓い、彼らはスパルトイ、すなわち「播かれた者たち」と呼ばれた[12]。アレースが大蛇を殺した罪の償いを求めたので、カドモスは8年の間、アレースの奴隷として過ごすことになった[8]。
ハルモニアーとの結婚
[編集]そののち、カドモスはアテーナーに改めてボイオーティアの土地を与えられ、この地を自分の名前にちなんでカドメイアと名付けた。のちのテーバイである。この地でカドモスは、アレースとアプロディーテーの娘ハルモニアーと結婚式を挙げた。カドモスとハルモニアーの結婚式は、オリンポスの神々が列席した最初のものといわれる[13]。
このとき、アプロディーテーは、ハルモニアーに黄金の首飾りを贈った。アテーナーは黄金の上衣と一組の笛を贈った。ヘルメースは竪琴を贈った。アプロディーテーの首飾りはヘーパイストスが作ったもので、もともとゼウスがエウローペーに贈ったものだが、これを身につける者は、見る者が悩ましくなるほどの美しさが得られたという。アテーナーの上衣もまた、身につける者に神々しい気品を与えたという。これらの贈り物は、後の「テーバイ攻めの七将」の伝説につながる。カドモスとハルモニアーは子宝に恵まれ、アウトノエー、イーノー、セメレー、アガウエーの4女、末子ポリュドーロスが生まれた[8]。
数々の不幸
[編集]しかしカドモスの娘たちやその孫たちを多くの不幸が襲い、カドモスは深く悲しんだ。娘のセメレーはゼウスの子ディオニューソスを身ごもったためにヘーラーの怒りを買った。セメレーはヘーラーの策略でゼウスの本当の姿を見たいと望んだが、それを見たセメレーは落雷の炎で絶命した。ディオニューソスを預けられたイーノーもまたヘーラーの怒りによって気が狂い、わが子を殺して海に身を投げた[14]。アウトノエーとアリスタイオスの子アクタイオーンはうっかりアルテミスの水浴姿を見てしまい、アルテミスの呪いで殺された[15]。さらにアガウエーとスパルトイの1人エキーオーンの息子ペンテウスはテーバイの王位を継いだが、ディオニューソスによって狂気にされた母アガウエーや叔母たちに殺されてしまった[16]。
晩年
[編集]老年になったカドモスは、アレースの怒りがまだ完全に解けていないことを知り、テーバイの王位を退いて、ハルモニアーとともにエンケレイス人の国へ向かった。エンケレイスの国は、イリュリア人によって攻められており、ディオニューソスの神託に従い、カドモスとハルモニアーが指導者に選ばれた[9]。アガウエーはペンテウスの死後、イリュリア王リュコテルセースのもとに逃れて王妃になるが[17]、父カドモスが敵方エンケレイス人を率いていることを知ったアガウエーは今度はリュコテルセースを殺し、イリュリアの国を父に献上したという[18][19]。
カドモスとハルモニアーは最後には大蛇になり、ゼウスによってエーリュシオンに住むことを許されたという[9]。別の説ではアレースが2人を蛇[1]、あるいはライオンの姿に変えたのだともいう。2人の晩年の息子イリュリオスがイリュリアの王となった[9]。
系図
[編集]脚注
[編集]- ^ a b ヒュギーヌス、6話。
- ^ a b c ヒュギーヌス、178話。
- ^ ヒュギーヌス、179話。
- ^ a b アポロドーロス、3巻1・1。
- ^ ヘーシオドス、934行-937行。
- ^ ヘーシオドス、975行。
- ^ ヘーシオドス、976行-978行。
- ^ a b c アポロドーロス、3巻4・2。
- ^ a b c d アポロドーロス、3巻5・4。
- ^ ヒュギーヌス、275話。
- ^ ヒュギーヌス、274話。
- ^ a b アポロドーロス、3巻4・1。
- ^ ロバート・グレーヴス、59話b。
- ^ アポロドーロス、3巻4・3。
- ^ アポロドーロス、3巻4・4。
- ^ アポロドーロス、3巻5・2。
- ^ ヒュギーヌス、184話。
- ^ ヒュギーヌス、240話。
- ^ ヒュギーヌス、254話。
参考文献
[編集]- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
- ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』松田治・青山照男訳、講談社学術文庫(2005年)
- ヘシオドス『神統記』廣川洋一訳、岩波文庫(1984年)
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店(1960年)
- R・グレーヴス『ギリシア神話(上巻)』高杉一郎訳、紀伊国屋書店(1962年)
関連項目
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