第31話  朱雀、眠りにつく

 情報屋は周囲に雲のような形の魔力を放出する。

 

 奴の能力……『忘却』である。


 情報屋が消したい記憶を、相手から抹消してしまう力。

 消せる記憶は様々。単純に食べた昼ご飯がなんだったかといったことから、歩き方など。歩き方を忘れれば、相手は歩くことができなくなる。


 ――ただし、重要な事柄だと効果は薄かったりする。

 歩き方などは人の本能でわかること。時間がたてば、本能が歩き方を思い出す。


 単純な記憶は効果こそ高く、下手すれば一生思い出すこともないが……それはそれで条件がある。

 それは情報屋自身が、細かく、相手の消したい記憶の内容を知っていること……


 情報屋は、その名の通り、あらゆる情報を知り得ている。

 神邏の事も、だいたいの事は知りつくしている。

 

 そんな男が、奪おうとする神邏の記憶とは……


「奪う記憶は【天界で過ごした日々】【朱雀となった今日】【あらゆる感情】この三つだな」


【天界で過ごした日々】……

 神邏がこの修行期間、人間界にいる記憶を除き、天界にいるときだけの記憶の全て。

 それにより、西園寺や水無瀬達の事も忘れてしまうことだろう。


【朱雀となった今日】

 これは天界で過ごした日々でも共通することだが、万が一の思い出しを防ぐため、二重にかけるのだろう。

 天界の事を思い出しても、朱雀となった事は思い出さないように。


【あらゆる感情】

 四聖獣への覚醒は、喜怒哀楽の感情の爆発が起点。それゆえに、それらの感情を忘れてしまえば、万が一にも、朱雀の力がわき出ることはないと思っての事。

 これにより、愛だの恋だのも忘れることになる。おそらく、かなり鈍感になる。


「さすがにこれ以上は無理か。だが、念のため、二重三重にも力を取り戻せないようにしてやった。こうなれば無力そのもの。四聖獣は同じ時代に一体しか現れない朱雀がこうして眠っていれば……この時代に朱雀は現れないわけだ」


 情報屋は笑いながら、この場を後にした。

 朱雀は無力にした。これで何の憂いもないと……

 

 


 ♢




 その後、誰よりも先にルミアがこの現場にたどり着く。

 倒れてる神邏に必死で駆け寄る。息があることに気づくと心から安堵する。

 早く傷の手当てを……


 そう思ったとき……

 神邏がわずかに意識を取り戻す。

 そして彼はこう言う。


「だ、……誰……?」


 ルミアはまだ仮面をつけている。だが神邏は彼女がルミアだとはさっき気づいたはず。

 なのにルミアがわからない?

 目が見えてないってわけでもなさそう。


 となると……


 ルミアは、すぐに察した。神邏の記憶がなくなってることに。


 辺りを見ると、父の火人の死体が見えた。

 父の死に様を見て、ショックで記憶を失ったのだと勘違いしたルミアは、神邏を優しく抱きしめる。


「もう……大丈夫です。神邏くんの事は……私が守ります。二度とこんな酷い戦いには巻き込ませません」


 そう言うとルミアは、神邏の頭を撫でる。そうすると彼は再び眠りにつく。

 ルミアは神邏の胸に手を当て、なにやら呪文のようなものを唱えると……神邏の体から魔力と思われるような光が出てくる。


「神邏くんは記憶を失った……なら多分、魔力の扱いがわからなくなったはずと思ったけど……合ってましたね」


 ルミアが使ったのは、魔力の分離術。それは、対象となる人が扱えないほど強大な魔力を宿していた場合、体の負荷を和らげるために分離させるもの。

 神邏は記憶がなくなった事で魔力を扱えなくなっただけで、体の負担などはない。

 

 だがルミアは、神邏を戦いの表舞台から下ろしたかった。

 朱雀となった以上、天界はそれを許しはしないだろう。


 ならどうするか?

 

 ルミアは神邏が朱雀として覚醒したことを隠すために、魔力を奪ったのだ。

 魔力のない神邏を見て、朱雀だと感づく者はいないはずだから……


 他に神邏が朱雀と知ってるのは水無瀬だけ……彼女に口止めさせておけば……


 人の気配を感じる。

 おそらく天界軍の援軍だろう。


 ルミアは天界の者なら神邏を任せても大丈夫だろうと、この場を去ろうとする。


「あ、久しぶりですし……ね」


 ルミアは去る前に、つけてる仮面をずらし、自分の口元をあらわにして……神邏の頬にキスをする。瞬間、ルミアの顔は真っ赤になってる。


「人間界で待ってますからね」


 そうしてルミアは走り去る。


 ※ここで奪った魔力を神邏に説明し、返す事になるのは本編108話、109話参照。


 天界軍の者達が、この場にやってくる。彼らは特殊部隊という別動隊だった。


「ひ、火人殿……」

「そんな、英雄が……」


 火人の死体を見て皆が驚愕する。その後、倒れてる神邏を確認する。


「一般人か? まるで魔力を感じない……」

「一般人なら……この場であったことの記憶を消したほうがいいかもしれないな……基地に連れていき、処置をしろ皇」


 隊長と思われる者が部下の皇という人物に指示する。

 皇とやらはタバコをふかしながら……


「了解」


 と、頷いた。


 ――その後、神邏は天界の学園出身生徒だと判明するも、彼の母、真菜香のたっての希望で……


 天界での記憶を、神邏から抹消することとなった。


 ――だがすでに、それらの事は情報屋によって消されている。感情などの消す必要のない記憶までも。


 本来なら魔力の高い者から記憶を消すことは、天界の力では不可能。魔力が落ちた分を差し引いても。


 だが情報屋によって消されているため、記憶消去は成功したものと勘違いされていた。情報屋に消されただけなのに。


 この事は長らく、気づかれる事はなかった。記憶消去が情報屋によるものと気づくのは……まだだいぶ先の事である……


 


 ♢




 しばし遅れて水無瀬はこの現場にくる。もうすでに誰もいない。

 神邏も、多くの死体も何もない。


 そう思っていたら、キラリと光る剣が目に止まった。

 神邏が朱雀となった時握られていた物だ。


武器聖霊スピリットウエポン……まだ聖霊に意思は宿ってないみたい。……預かっておくわね神邏」


 水無瀬は武器聖霊スピリットウエポンを持ち帰る。

 しかし、それからしばらく神邏と水無瀬は当分会うことはなかった……

 ※本編53話まで……


 その後、事情を知った彼女の親友九竜が武器聖霊スピリットウエポンを託され、神邏の元に届ける事になるのも、また先の話……


 ※本編1話part4にて。




 ――つづく。



「次回、最終回。再び目覚めるその時まで……」


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