新型コロナウイルスの警戒地域に指定されたインド、ニューデリーの衛星都市ノイダで、地域衛生員のビジャヤラクシュミ・シャルマさんは、アパートを一軒一軒回り、住人の健康状態を調査している。
シャルマさんが働く「アンガンワディ・センター」は、貧困女性と子どもの栄養不良問題に取り組むために、1975年にインド政府が立ち上げた施設。現在は全国に130万カ所以上ある。ところが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行し始めてからは、地域における保健所の役割を担うことになった。同センターで働く270万人は、通常の仕事に加えて、食料の配給や調理された食事の配達、感染者の特定、ウイルスに関する知識の周知に奔走している。
その他にも、約100万人の「アシャ(Accredited Social Health Activists=ASHA、ヒンディー語で「希望」の意味)」と呼ばれる公認ヘルスワーカーがいて、出稼ぎから戻ってきた労働者の追跡、接触者追跡、感染疑い例の報告などの責任を負っている。症状がある人に付き添って、近くの病院へ行くこともある。(参考記事:「出稼ぎ労働者が一斉に失業したインド、貧困が農村を襲う 写真16点」)
総勢350万人以上のこうした女性の地域ヘルスワーカーたちは、わずかな読み書きしかできず、ろくに報酬も受け取っていない女性たちだ(編注:インド政府は「スキームワーカー」と呼ぶが、労働者としての地位はない)。その働きにすっかり依存している政府は、彼女たちを称賛こそすれ、感染を予防する防護具や支援、報酬をほとんど与えていない。
「彼女たちが感染すれば、その責任を誰が取るのでしょうか」。ウッタル・プラデーシュ州の女性アンガンワディ職員組合長ギリシュ・パンデイ氏は、そう訴える。「彼女たちにも家族がいるんです。名前や顔のない殉職者ではありません」
防護具なしでの活動
インドでは、人口14億人の3分の2以上が公的医療を利用している。だが、病院の病床数は人口1万人当たり8.5床、医師は8人しかいない。比較として、日本では1万人当たりの病床数はおよそ130床、韓国では120床だ。そのため、インドでは多くの地域住民、特に弱者である女性や子どもたちが頼りにできるのは、シャルマさんのような身近で活動する衛生員だけということになってしまっている。
アンガンワディの働き手は、子どもや妊婦、授乳中の母親に補助栄養物を支給し、子どもの栄養について母親を指導し、未就学児に教育を施す。一方、アシャは、自宅出産よりも病院での出産を勧め、避妊に関する知識を教え、予防接種を受けさせ、応急処置を施し、抗マラリア薬や抗結核薬を与える。
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