認知症の症状がどんどん進んでいく70代の母親。「衰えていく様をまざまざと見せつけられたのがこたえる」と語る50代娘。同じことを何度も何度も聞かれ、イライラしてつい声を荒らげてしまったことは一度や二度ではないが、育児・家事・仕事をしつつ遠い実家に通いながら献身的な介護を続けている――。(後編/全2回)
前編のあらすじ】中部地方在住の増田十和子さん(仮名・50代)は、子ども時代に口より先に手が出る父親にしばしば殴られたが、母親は助けてくれなかった。15歳の時に、父親が46歳で急逝。理不尽なことばかりを言う母親から逃れるため、増田さんは「早く家から出たい」と思うように。やがてアルバイト先で出会った3歳年上の男性と20歳で結婚し、2女をもうけたが、母親に気を許すことはなく、適切な距離を保つことを心がけていた。ところが2012年冬。兄の急逝と被るように母親の物忘れが加速。認知症になり家電の操作ができなくなった。増田さんは車で片道2時間の距離を週1〜2回通うようになったが――。

老人保健施設か有料老人ホームか

2018年2月、中部地方在住の増田十和子さん(仮名・50代)は実家から帰宅した途端、77歳の認知症の母親が病院に救急搬送されたという電話を受けた。飼っていた15歳の猫が姿を消し、母親が探しに行って転び、近所の人が見つけて救急車を呼んでくれたらしい。

ちょうど仕事から帰ったばかりの夫が、増田さんを搬送先の病院まで送ってくれた。

母親の病室には、弟夫婦と同じタイミングで到着。母親に「どうしてこんなことになったの?」と声をかけると、「痛い。わからん」と首を振る。

「トラがいなくなったの?」と聞くと、「トラがいなくなった。見つかりゃへん」と言う。

その時担当医が来て、レントゲン写真を見せながら説明を始めた。

上半身のレントゲン写真
写真=iStock.com/jordieasy
※写真はイメージです

「母の左側の肋骨は、12本のうち9本が折れており、3本にはひびが入っていて……こんなにボッキボキに骨折していても、コルセットを付けるぐらいしか処置の方法がありませんでした。また、医師は『お母さんは一人暮らしとのことですが、何もなければ2~3日で退院になる。退院後は実家で誰かが世話するのか、リハビリができる施設に身を寄せるのか、ソーシャルワーカーと相談してください』と言われました」

その夜、増田さんは母親の入院のために必要なものを取りに実家に行くと、まずはトラを探した。するとトラは、仏壇の裏にいた。15歳のトラは腎不全を発症していて、食欲がない。

増田さんは部屋を暖めて、毛布でトラの寝床を作り、水を飲ませてやった。

翌朝、母親の病院へ行き、トラが見つかったことを伝えたが、母親はもう、トラがいなくなったことを覚えていなかった。

弟とソーシャルワーカーの面談を受けると、弟は「2〜3日で退院なんて無理! 退院を拒否しよう」と言う。一方、ソーシャルワーカーは、老人保健施設を提案した。ただ、老健は要介護1以上の認定が入所条件になるが、この時母親は認定結果待ちだった。

「今の状況なら要介護1は出るでしょうから、ちょっと役所にかけ合ってみますね」

ソーシャルワーカーはそう言って、老健を第一希望、老健に空きがなければリハビリに力を入れている老人ホームを探すということに決まった。

実家に寄ると、トラはほとんど食べられなくなっており、増田さんが毎日、動物病院に連れて行き、点滴をしてもらっていた。

増田さんは、「このまま母が施設に入ったら、母とトラはもう会えないのではないか」と考えていた。

その日の午後、母の面会に行くと、主治医が母親を支えて歩かせていた。増田さんは思わず、

「こんなに歩けるなら、ちょっと助けたら家で暮らせるんじゃないの?」

と口にする。すると母親が、

「そうよ、私ってなんでここにいるの? ただの打ち身でしょう? 早く帰りたいわ!」

とあっけらかんと言う。

そこへ主治医も、

「そうだよ。施設なんか入ったら決まった時間しか歩かせてくれんから、そりゃあ自宅に帰ったほうが回復も早いよ!」

と笑いながら頷く。

その日の夜、増田さんは弟にLINEした。

「今日、お母さん、わりと歩けていたから、退院させようと思う」

朝イチでソーシャルワーカーに母親を通い介護する決意をしたことを伝えると、「それができるならそのほうが良いです。その後また困ったことがあったら相談に乗りますよ」と言ってくれた。

実家に戻った母親は、8日間愛猫と過ごすことができた。