木爾チレン × 橘ももが語る、小説を書き続けることの楽しさと難しさ 『夏の匂いがする』刊行記念対談
木爾チレンの初期作品集『夏の匂いがする』が、マイクロマガジン社より刊行された。少女と夏をモチーフに、みずみずしくも切ない感情を綴る作品集を刊行するまでに、著者はどのような歩みを重ねてきたのか。同じように長いキャリアを持ち、多岐にわたるジャンルで執筆を続けている橘ももとの対話から、その執筆背景に迫る。また、二人のキャリアをたどるうちに見えてくる、小説家としてのそれぞれの生き方とは。初期作品集刊行を記念した特別対談をお届けする。(嵯峨景子)
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木爾「美少女というテーマが好きで書き続けた」
――『夏の匂いがする』は初期作品を収録した初の短編集です。
木爾:私のデビュー作がずっと本になっていなくて、いつかまとめたいと考えていました。「女による女のためのR-18文学賞」(以下R-18文学賞)は短編の賞なので、1冊にまとめるには短編が5編必要なんです。ただデビュー当時はボツばかりで、1冊分の作品をなかなか出せませんでした。今の実力だからこそ刊行できたのだと思います。
橘:拝読してチレンさんの原点に触れた気がしました。少女たちの閉ざされた世界や、男性がそこに入ってくることで関係性が壊れてしまう感じ、永遠がないことは分かっているのに求めてしまう切なさやジレンマなどがみずみずしく描かれている。忘れていた感覚を思い出させてくれました。
木爾:収録作は20代後半に執筆した「植物姉妹」以外はすべて20代前半に書いたものです。当時の表現やストーリーラインは変えずに一部を改稿しました。
橘:私は「りかちゃんといづみちゃん」が特に好きでした。他の作品では絆の深さが描かれているけど、「りかちゃんといづみちゃん」では一瞬の交差に光が当てられています。あるひと時はものすごく仲良くなるけど、人生そのものが重なるわけではないという女性同士の友情は、割とあることだと思います。この感じがリアルだし、他とは異なる魅力を感じました。
木爾:今回の短編集で一番キャラが強いのが「りかちゃんといづみちゃん」かもしれません。りかちゃんは私の中で理想とする美少女像です。
――長年美少女というモチーフを書かれていますが、原点的な美少女像などはあるのでしょうか。
木爾:自分の妹が美少女というのはありますが、どちらかというと憧れなのかもしれません。ちょっとわがままな美しい少女に振り回されたいという願望が自分の中にあって、キャラ作りに反映されているように思います。ただデビュー当時は美少女を書きたいと言っても、感情移入ができないからとボツにされていました。とはいえ美少女にも悩みはあるし、美少女だから感情移入ができないというのも分からなくて。デビュー時はなかなか理解されなかったけど、美少女というテーマが好きで書き続けたことで、結果的に読者がついてくれました。
橘:昔の美少女は敵役やライバル役になることが多かったけど、最近は漫画などでも可愛い子が努力をして可愛さを保つ話が増えている気がします。美少女に対する見方が変わって時代が追いついてきたのでしょうね。
橘「女の人の欲望をないものとしないところが好き」
――「溶けたらしぼんだ」はR-18文学賞優秀賞を受賞したデビュー作です。
木爾:収録にあたって性描写を大幅に削りました。今のR-18文学賞は女性の文学という定義ですが、私の時は女性の性を描く小説だったのでかなり生々しく描いていたんです。ただ今の読者は若い子も多いし、読み返すと過剰な表現は必要ないと感じたので、書き込みすぎていたところはシンプルにして読みやすく改稿しました。
橘:処女だけどちゃんと衝動はあるという、女の人の欲望をないものとしないところが私は好きです。本作で一番印象的だったのが、「あたしの体はどの方向へ泳いだとしても、ゆりのから離れられない、そういう運命的な糞だった」というフレーズでした。木山くんがすごくわかったような顔をしていたのに、愛のやり方を知らなかったというのもよかったですね。この場面の彼の言葉も印象に残っています。
木爾:「溶けたらしぼんだ」を表題作にしたい気持ちはあったものの、10年以上経って自分の中で幾分色褪せてしまいました。この本に収録されているのは、夏の描写や少女たちの一瞬の儚さを切り取りたいと思って書いた物語ばかりです。「夏の匂いがする」は夏と少女をテーマにした短編集の表題にぴったりだし、デビュー作と対になっているので、同じ書籍に収録することで完全版にできるとも思いました。
橘:チレンさんの小説は描写がきれいで、空気感を立ち上げるのがお上手ですよね。「夏の匂いがする」でも女の子同士の通じあっている姿と、男の人にしか見せない顔の両方が描かれています。ゆりと栞の対比や、相手との距離がだんだんと縮まっていくグラデーションの描き方がすばらしいと思いました。
――「瑠璃色を着ていた」は収録作の中でも最初期に書かれた作品です。
木爾:デビュー前の20歳頃に書きました。今振り返っても、少女の頃に自分が抱いていた感情は美しいものだったし、世界のことを何も知らず何者でもなかったけど、よくわからない自信があって最強だったという感覚がありました。そんな姿を閉じ込めるように書いた一作です。「十八歳の私たちにはない、十七歳の美しさがあった」という文章を気に入っているのですけど、若かったからこそ書けたのかもしれません。
橘:私が置いてきてしまったものがここにあると胸を打たれました。私は少女だった頃の自分が全然好きじゃなかったけど、チレンさんの小説を読んでいると、もしかしたらあの頃の自分たちは、どろどろとした感情も含めて美しかったのかもしれないと思わされます。少女の時間をこんなにもきらめいて美しく、でも色気や退廃的な感じも残しつつ表現できるのがすごいですよね。
木爾:私は今でも自分のことを少女だと思って生きている部分があって、少女から卒業できません。少女というモチーフが好きだし、これからも私にしか書けない小説を書いていきたいです。