トム・エッジントン(BBCヴェリファイ、検証チーム)
米富豪イーロン・マスク氏は、イギリスのキア・スターマー首相が「票と引き換えに、集団レイプに深く加担していた」と非難している。
マスク氏は、2008年から2013年までイギリスの検察庁、公訴局(CPS)のトップだったスターマー氏が、組織的な児童性的虐待スキャンダルに対処しなかったという趣旨の投稿をソーシャルメディア「X」に連投している。
これに対しスターマー首相は、「うそと偽情報を広めている」人たちを非難し、自分は検察時代、児童性的虐待の加害者起訴に「真っ向から取り組んだ」と主張している。
スキャンダルの内容は?
マスク氏とスターマー氏の対立は、主にパキスタン系からなる男性グループがイギリス各地で、主に若い白人少女を性的虐待およびレイプしたとして有罪判決を受けた、一連の事件を中心に展開している。
英紙タイムズが2012年、英中部ロザラムのグルーミング・ギャングについて調査報道を行ったことがきっかけとなり、大規模な調査が行われた。「グルーミング」とはこの場合、「性的目的で相手を手なずける、懐柔行為」を意味する。
英ストラスクライド大学のアレクシス・ジェイ教授が主導し2014年に取りまとめた報告書によると、1997年から2013年の間に、少なくとも1400人の子供たちがロザラムで深刻な性的搾取を受けていた。
この報告書はイギリス国内外で話題となり、議会でも大きな議論を引き起こした。
その後、オールダム、オックスフォード、ロッチデイル、テルフォードなどでも同様のスキャンダルが発覚。再びジェイ教授のもとで、全国的な児童性的虐待調査が行われた。
一連の事件はまた、犯罪への適切な対処や被害者支援をめぐる不備についての調査にもつながった。
検察およびスターマー氏は「加担」していたのか
CPSはイングランドとウェールズで刑事事件の起訴を担当する、独立機関だ。
警察が犯罪を捜査し、その結果をCPSに提出すると、CPSは証拠と公益に基づいて起訴するかどうかを決定する。
スターマー氏は2008年7月末にCPSのトップに任命され、同年11月から2013年11月までその役職を務めた。その後、2015年に政界入りして下院議員となった。
CPSは、2008年8月から2009年8月にかけて捜査した後、ロザラム事件の主要被害者を「信頼できない」と判断。起訴手続きを進めないと決定し、批判された。
この決定は、スターマー氏がイングランド北西部担当の主任検察官に任命したナジル・アフザル氏が、2011年に覆した。
現在は弁護士のアフザル元検事はBBCヴェリファイに対し、当時の検察の見解について「被害者が信頼できる証言をすると警察が思っていないなら、我々も同様だ」と説明した。
アフザル氏はさらに、「自分は被害者の言っていることを信じた」ため、当初の検察決定を見直し、覆したのだと話した。
しかし、CPSが批判されたのはこれだけではない。
ロザラムでの事件に関するジェイ教授の報告によると警察は、CPSが加害者とされる人物の起訴に消極的だったものの、その後は「はるかに協力的」になったと述べている。
2013年の英下院内務委員会の報告書は、「この問題に関わったとされる他の多くの公式機関とは異なり」、CPSは「自分たちが被害者を失望させたと率直に認め、その体系的な失敗の原因を突き止め、同様の事態の再発を防ぐために、業務の進め方の改善に取り組んだ」と述べている。
さらに、「スターマー氏は、公訴局長としての任期中、刑事司法制度における性的暴行被害者の扱いを改善するため、努力し続けてきた」と付け加えている。
マンチェスター警察の元刑事で、現在は児童性的虐待の被害者を支援しているマギー・オリヴァー氏は、BBCヴェリファイに対し、「この問題に関する失敗の多くの責任は(CPSに)ある」と述べ、起訴内容が不十分だったことや、被害者にも責任があるという姿勢だったことなどを指摘する。
オリヴァー氏は、この問題について認識は現在でははるかに高まっているものの、「私の財団では依然として、個々のケースが司法など社会制度の大失敗に直面してしまうのを目にしている」と付け加えた。
一方で、このスキャンダルに関するあらゆる報告書の中で、スターマー氏個人に対する直接的な批判は全く見あたらない。スターマー氏自身が不起訴の決定を下したとうかがえる内容も、確認できなかった。
スターマー氏の反応は
スターマー首相は6日の記者会見で、元CPSトップとしての自分の実績を明確に擁護し、次のように述べた。
・被害者の声が捜査当局に届かない原因となっていた「思い込みやステレオタイプ」について、検察の姿勢を、こうした思い込みを打破することに変更した
・自分が退任した時点では、CPSによる児童性的虐待の起訴が過去最多になっていた
・自分は不起訴となっていた事件の捜査を再開した
・アジア系のグルーミング・ギャングを初めて起訴した
スターマー氏が2013年に児童性的搾取に関する捜査指針を改訂し、その後の起訴を容易にしたことは事実だ。
それ以前は、被害者が直ちに被害を訴え出なかった場合や、薬物やアルコールを使用していた場合、あるいは特定の服装や行動をしていた場合には、その証言は信頼性が低いと見なされることがあった。
児童性的虐待事件の起訴件数に関しては、CPSデータを2007年までさかのぼることができた。ただし、初期のデータは現在CPSのウェブサイトにはなく、アーカイブされたウェブページにのみ存在している。
これらのデータによると、「児童性的虐待の疑いがあるとしてマークされた事件の起訴件数」は確かに2007年から増加し、2010年4月から2011年3月にかけては4794件に達した。この件数が、スターマー氏がCPSを指揮していた時期のピークだった。
スターマー氏の退任後もこの合計はさらに伸び、2016年から2017年には約7200件が起訴された。
BBCヴェリファイは、スターマー氏の主張の裏付けとなるデータの詳細を、首相官邸に求めている。
不起訴事件の捜査再開について、前出のアフザル元検事は、スターマー公訴局長の下で個々の事件を再検討するにあたって、全国パネル(検討会)を設立したことが成功したと述べた。
「そのパネルには初めて、外部の代表者も含まれていた。パネルは数十件の事件を再検討し、捜査再開を決定した」
スターマー氏の下で起訴された児童性的搾取事件の件数は?
スターマー首相は自分が検察トップだった当時の起訴実績を擁護する際、「児童性的虐待」という大きい分類にのみ言及した。
グルーミング・ギャングに関しては、そうした特定内容の罪状が存在しないため、単独の明確なデータセットが存在しない。
代わりに加害者らは、性的搾取を引き起こしたり助長したりした罪や、強姦やわいせつ行為などの特定の犯罪で起訴されることがある。
政府の委託を受けてジェイ教授が2022年にまとめた、児童虐待に関する制度上の失敗についての報告書には、組織的ネットワークによる児童性的搾取に関する起訴の情報が含まれている。
報告書には、2010年から2014年の間に行われた「重要な起訴」がいくつか言及されており、その中にはスターマー氏が検事トップを務めていた期間中に出された35件の有罪判決が含まれている。
・2010年11月:ロザラムで男性5人に有罪判決
・2010年11月:ダービーシャーで男性11人に有罪判決
・2008~2010年:コーンウォールで男性3人に有罪判決
・2012年5月:ロッチデイルとオールダムで男性9人に有罪判決
・2013年6月:オックスフォードで男性7人に有罪判決
2011年のタイムズ報道によると、1997年以降にグルーミング・ギャングが起訴された事件として、17件が確認されている。
そのうち14件は2008~20011年の3年間に起きた事件で、13カ所の町や都市で11~16歳の少女が、男たちの複数集団に路上でグルーミングされていたという。
一方、2024年の全国警察署長会議の報告書は、児童性的虐待および搾取犯罪の5%が集団によるものだと結論付けたが、より具体的な数字は明らかにされなかった。
BBCヴェリファイは、児童グルーミング関連事案の起訴件数について年次内訳を明らかにしてもらいたいと、情報公開法に基づきCPSに請求した。
また、司法省および内務省にも連絡を取っている。
(追加取材:ルーシー・ギルダー、ジェリー・ゲオルギエヴァ)
(英語記事 What is Starmer's record on prosecuting grooming gangs?