昨年11月末、同市上空には暗色のスモッグが垂れ込めていた。渋滞の車列は昼間でもヘッドライトをともし、路上を歩く人々はマスクやマフラーで口と鼻を覆っていた。
世界137カ国・地域に観測網を持つ「世界大気質指数プロジェクト」によると、昨年11月最終週のニューデリー市は、PM2・5が1立方メートル当たり最大507マイクログラム、PM10が782マイクログラムと、世界保健機関(WHO)の年平均目標値(5マイクログラム)の100倍を上回っていたという。
同時期の東京・渋谷のPM2・5は1マイクログラム、中国の中でも深刻とされる上海は151マイクログラムで、盆地で大気が滞留しやすい同市の深刻さが際立った形だ。
インドの大気汚染を巡っては、最高裁が2021年12月に政府に汚染対策を要請。汚染規制委員会が調査に乗り出し、22年7月、建設工事、火力発電所、自動車、野焼きの「4原因」を発表。野焼きは、首都圏周辺域の農民が麦など穀物類の収穫後に畑で行うわら焼きのばい煙とされた。
政府は、ディーゼル車の走行禁止や電気自動車(EV)車を全体の3割にする目標を設定した他、発電に占める再生可能エネルギーの割合を6割に引き上げるなど各種対策を打ち出した。一方、野焼きについては取り締まりを強化、逮捕者も出ている。
首都圏隣接のハリヤナ州の穀物農家、ダハール・シンさん(74)は「大気汚染の原因は政府の無策。農民をスケープゴートにしている」と憤った。
(栗田慎一)
インド最大の農民組織「インド農民連合」の総裁を務めるモヒーニ・モハン・ミシュラ氏(67)が、ニューデリーの本部で日本農業新聞の取材に応じた。政府の「野焼き」批判について、「農民の所得が改善しない構造的な問題から社会の目をそらそうとしている」と批判した。
インドの農民は9割以上が2~5エーカー(81アール~1・6ヘクタール)の小農で、農作物は仲買人に買いたたかれている。所得は近年の経済成長に見合っておらず、農村は疲弊している。
政府は農民が個人販売できるサイト「eNAM」を作ったが、誰もが使えるわけではない。仲買人が売価を支配する構造を改革するよう求めているが、なかなか進まない。「野焼き」批判は、そんな最中に飛び出した。
――「野焼き」は今も続いていますか?
昔はみな野焼きをし、土づくりに生かしていた。今は、大型農機の普及でわらをすき込んだり、業者に処理してもらったりしている。コストがかかるため、一部では続いているが、10年前と比べたらずいぶん減った。
――協同組合は存在しないのですか?
日本のJAのような組織が検討されたことはあるが、インドは国土が広く、寒冷から熱帯まで気候が異なり、作物も4000品目を超える。これを一つの組織がコントロールするのは無理だった。だが、研究は続けたい。
――学校給食と農業の関係については。
インドの食料自給率は200%で、国土の全てが農地と言っても過言ではなく、都市住民も1、2代さかのぼれば農村がルーツだ。学校給食は、そんな農業の歴史や現状を知る最適な教材になる。
インドも後継者や担い手の不足が大きな課題になってきた。子どもたちに食べてもらうことで、農民はやる気になるし、所得向上につながれば、後継者問題も解決へ向かう。