善光寺大勧進の栢木寛照貫主と精神科医で作詞家のきたやまおさむ氏が『「むなしさ」と生きる』をテーマに、2024年12月、大勧進の紫雲閣(長野市)で対談を行った。現代社会で否定的にとらえられがちな「むなしさ」を、積極的に味わうことで、心の豊かさにつながる可能性を探る。仏教の教えと精神医学の知見を融合させながら、人生の意味や生きる喜びについて語り合う。さらに、信州大学の学生たちも加わり、若者の悩みや疑問にも答えていく。この対談を通じて、「むなしさ」を乗り越え、より充実した人生を送るためのヒントが見えてくる。

「むなしさは怖くない」

きたやまおさむ氏は、「むなしさ」について次のように語る。

「むなしさは怖くないと思うんですよ。むなしさって何か生まれるかもしれないって言う期待すらある」「幼いころから『むなしさ』に敏感で、常に向き合ってきたが、これは誰にでも普通にある感情」と指摘。

きたやまおさむ氏
きたやまおさむ氏
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通常ネガティブにとらえられがちな感情だが、自らの経験から、感じて、味わうことで、歌を生み出すなど創造性につながる可能性のあるものとして前向きにとらえている。こうした考えを、2024年1月刊行の『「むなしさ」の味わい方』(岩波新書)に著している。

「空」と「虚」は本来別々のもの

栢木貫主は仏教の観点から「空」と「虚」の違いについて言及する。

「空という字だけを取り上げて、これを詰めていきますと、我々の宗教者というか仏教の世界では、空というのはものすごく広大な宇宙観を表している言葉であって、そしてそれはぐっと詰めてくれば、心の世界のことを解き表しているのが空界、空の世界である」と説明する。

善光寺大勧進 栢木寛照貫主
善光寺大勧進 栢木寛照貫主

栢木寛照貫主は1946年生まれ。サラリーマン時代に労働組合運動に携わった後、仏教の道に進む。2022年6月に善光寺大勧進の第104世貫主に就任した。

きたやまおさむ氏も1946年生まれ。医学部在学中にザ・フォーク・クルセダーズを結成し、「帰ってきたヨッパライ」が一世を風靡。その後、精神科医の道を歩むとともに、作詞家としても活躍。「戦争を知らない子供たち」「あの素晴しい愛をもう一度」などの数々のヒット曲を生み出した。

 日本の旅の歌、どこにも着かない

対談では、日本の歌に現れる「むなしさ」についても話が及んだ。

きたやまおさむ氏は、「日本の旅の歌って、たいていどこにも着かないですよ」と指摘。

「『襟裳岬』はたどり着いても何もない春ですって言うし、長崎に行くといつも雨が降ってるし(「長崎は今日も雨だった」)」と例を挙げ、日本人特有の「むなしさ」への向き合い方を示唆した。

対談 
対談 

さらに「探しているものは見つからないんですよ。皆さん簡単には。日本人ってどっちかって言うと、この見つからないということに耐えることこそが、毎日毎日を充実させて生きていくことが、つまり通り過ぎていくだけが人生なんだって、いうふうな一つの『達観』、これを日本の歌謡曲は歌い上げてます。それが人生の真実を語っているところでもありますね」と日本人の精神性を語った。

「横のつながりを育む」

対談には信州大学の学生たちも参加し、現代の若者が抱える悩みについても意見が交わされた。

中でもSNSの普及による人間関係の変化について、きたやまおさむ氏は「ネットでの情報交換の時には横に誰もいないことが問題。横のつながりを育む、これを忘れてはいけないなと思うんです」と指摘。「同じものを歌ったり、同じものを楽しんだり、同じものをめでたりするときの横のつながりが、私たちの心と心のつながりだった」と、人と人との直接的な交流の重要性を強調した。

そして、この思いをこめたのが自身作詞の「あの素晴しい愛をもう一度」だと話す。

対談に信州大学の学生たちも参加
対談に信州大学の学生たちも参加

栢木貫主も「電波で通じて、電波でつながっているのは横も前も何にもいませんから、どこかで壊れるでしょうね。すぐ壊れるでしょうね」と同意し、自然体でものを考えることの大切さを説いた。

「むなしさ」と生きる

対談を終えて、きたやまおさむ氏は「今日の対話のようなことを皆さんがお茶の間であるいは親子関係の間であるいは夫婦の間で恋人同士で続けていただければ、望外の喜びです」と感想を述べた。

きたやまおさむ氏
きたやまおさむ氏

栢木貫主も「真剣に耳を傾けて、そして質問も真剣に、自分なりの言葉と自分が思ってることを質問された」と学生たちの姿勢を評価し、対談の意義を強調した。

善光寺大勧進 栢木寛照貫主
善光寺大勧進 栢木寛照貫主

この対談を通じて、「むなしさ」と向き合うことの重要性が浮き彫りになった。否定的に捉えられがちな感情を、人生を豊かにする可能性を秘めたものとして捉え直す視点は、現代社会を生きる多くの人々にとって示唆に富むものとなるだろう。

NBS長野放送 特別番組『「むなしさ」と生きる』(2024年12月31日放送)より

長野放送
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