天然痘が死に至る病として恐れられた江戸時代末期に、海外で行われていた予防接種「種痘」の種と技術の取得、普及に尽力した、実在した福井藩の医者・笠原良策を描いた。いわゆるチャンバラの連続などない静かな映画だが、その時代の事情、生きた人間の心情…そして、時代を思わせる実景が美しい。

漢方医の良策は、患者を救いたくても何もできない無力感から、当初は否定的だったオランダ伝来の蘭方医学の教えを請うことを決意し、京都に出向く。そんな良策を妻千穂はいちずに支え続ける。どこまでも真っすぐで清廉な夫婦を演じる、松坂桃李と芳根京子も、また美しい。この夫婦を軸に、人が人を信じるということを描き続ける。明るい話題の少ない昨今の日本において、見た人の心の疲れや傷を癒やし、もう少し人のことを信じてみようと思わせてくれるに違いない。

現代のように交通が発達していない時代は、長距離移動も徒歩で行っており、今作でも良策が種痘を学ぶために福井と京都を行き来する姿が描かれる。特に終盤に描かれたヤマ場は、見ているだけで、どれだけ移動が厳しく命がけであるかが、スクリーンから痛いほど伝わってきた。

黒澤明監督の助監督を務めてきた小泉堯史監督が、フィルムで撮影したことも大きいだろう。小泉組初参加の松坂も「今の日本映画でフィルム(での撮影)自体がない。今まで味わったことのない緊張感、高揚感があった」と語った。ブームが続く時代劇の、1つの伝統を味わえる1本だ。【村上幸将】

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