日経サイエンス  2023年3月号

特集:新たなヴァイキング像

女たちが動かした経済

F. ルッソ(ジャーナリスト)

考古学の研究者たちはこれまで,主に男性の活動に注目し,女性は視野の外に置いてきた。バイアスが生じた理由は2つある。1つは,保存状態の良い手工品は石や金属などの無機物で作られており,その多くが狩猟など固定観念的に男性のものとされる活動と結びついていたこと。もう1つは,初期の考古学者のほとんどが男性で,女性よりも男性の仕事に関心があったことだ。

近年,考古学者たちはこのギャップを埋めようとしており,その手段の1つとして,これまで取るに足らないものとして無視されてきた織物などの遺物に注目している。布地は数百年も残っていることはまれだが,たとえ端布でも,それを作り使っていた人々についての多くの情報を含んでいる。

ブラウン大学の人類考古学者エイール・スミス(Michèle Hayeur Smith)は,昔の布地から歴史的洞察を引き出す第一人者だ。彼女の研究は,アイスランド国立博物館の地下保管所から始まった。そこに並んだ金属製の棚には,土まみれの布を収めた箱や袋が詰め込まれていた。彼女は2009年,ヴァイキング時代とその後の時代の遺物のコレクションを調査するため,初めてそこを訪れた。「文字通り数千枚の端布があった」と彼女は言う。だがそれは単にしまわれているだけで,誰かが調べた形跡はほとんどなかった。

昔の人は自分で衣服を作り,貨幣から外套まであらゆるものを織っていた。その方法がわかれば失われた文化のかなりの部分,特に女性のそれが見えてくる可能性があると彼女は考えた。博物館の保管室で初めて目にした膨大な端布に触発され,自分の織機を使って布を織っていた普通の女性たちの生活を明らかにしようと決意した。

以来,エイール・スミスはヴァイキングがアイスランドに定住した874年ごろから900年間の歴史のなかで作られた布地を分析している。土まみれになった何千もの端布には,その布を作った女性たちについての情報が詰まっており,それを丹念に調べてきた。

博物館で打ち捨てられていた小さな茶色い布きれや,ヴァイキング時代やその後に北大西洋地域で作られた他の布地の標本の調査から得られた研究成果は,古参の学者たちが昔の社会における布と女性の重要性を見誤っていたことを示す最初の研究の1つとなった。ヴァイキング時代および中世において女性は北大西洋経済の基盤をなし,人々は女性が織った布のおかげでこの地域の厳しい気候を生き延びることができたのだ。



再録:別冊日経サイエンス260『新版 性とジェンダー』

著者

Francine Russo

社会科学と人間関係を専門とするベテランジャーナリスト。最近の著書に中高年の恋愛を論じた「Love after 50: How to Find It, Enjoy It, and Keep It」(Simon and Schuster, 2021)がある。

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消えたグリーンランドのバイキング」,Z. ゾーリッチ,日経サイエンス2017年9月号。

原題名

The Power of Viking Women(SCIENTIFIC AMERICAN October 2022)

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