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5歳から始まる起業家教育 「シリコンバレー流」の壮大な実験

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私が住んでいる市に隣接するロスアルトス市(カリフォルニア州)の公立学校で、IT(情報技術)を駆使したある画期的な実験が行われた。

9歳から12歳児(小学校5~6年生)を対象に、1年間算数の学習教材として、オンラインの無料動画サイト「Khan Academy(カーン・アカデミー)」を主教材として採用したのだ。

このシステムは、全ての生徒の学習の進捗度合いがオンラインで管理できるようになっており、生徒一人一人がどの項目でつまずいたか、どれだけ他の生徒に比べ遅れているか等々、様々なデータを分析できる仕組みになっている。

それぞれの生徒の学習の進み具合が可視化されることで、先生は遅れている生徒へのサポートを増やし、進んでいる生徒にはさらに高度な内容を自習させ、効率的に教えることが可能になった。

従来の学習方法よりもはるかにコストが安く、生徒全体の偏差値も上がったそうである。市の小中学校で正式なカリキュラムになる日も近いと聞いている。

公教育で「アントレプレナー」を輩出する

日本の未来を担う子供たちの教育への関心が、このところ急激に高まっている。戦後基本的に変わっていない日本の教育はこのままで良いのだろうか? 変える必要があるとすればどのように変われば良いのだろうか? そもそも初等教育の果たすべきミッションは何なのか? 議論は尽きない。

日本全体を"アントレプレナリアル(entrepreneurial=起業家的)"に。日本からも世界に通用するベンチャー人材の育成を――。これらを実現しようと考えた場合、その主体となる人間の幼少期に形成される学ぶ姿勢や、様々な体験を通じた世界観は、最も大切な要素になっているはずだ。

今回は、私の子供たちが通うシリコンバレーの公立学校の現場を通じて、世界にイノベーションを発信するシリコンバレーの子供たちが、どのような教育を受けているのか、いくつか特徴をご紹介したい。読者の皆様が、今後の教育のあるべき姿を考える上での何らかのヒントになればと思っている。

特徴その1:「平均主義」から「一点豪華主義」へ

米国社会はよく"人種のサラダボウル"と表現される。サラダの具材がそれぞれ個性を失わず存在するように、個性あふれる人々がお互いを認め合いながら混在している。

急激に進むグローバル化やボーダーレス化という現象は、世界がサラダボウル化することである。これは、個人が社会のなかで何ができるのか、どのような価値の創造や社会貢献ができるのかという尺度で、力量が測られる世界でもある。

この国境なきグローバルな世界で求められているのは、全員が万人受けするレタスになることではなく、トマトになり、人参になり、ピーマンになり、アボカドにもなるということである。それぞれがサラダボウルの中でもはっきりと分かる彩りと味わいを持っている。つまり、個人として固有の色や味わいを持たなくてはならない。

ある有名大学のアドミッション(入学審査)をしている友人は言う。"まんべんなく成績が良く、スポーツもこなして、ボランティアもやっている。そんな受験者ほどつまらないものはない""その人だけの人生の色があるか?ストーリーがあるのか? 誰の記憶にも残らないような人はだめだ……"

考えてみれば、人種や言語の壁を越えて、人が人に引きつけられる理由は、一個人としての価値観であり、人生観であり、生き様である。言葉の流暢(りゅうちょう)さでも、単純な知識量でもない。

グローバル化の時代で必要なのは、すべてを無難にこなす平均主義ではなく、得意なことや好きな分野に関しては、徹底的に学び通すという強い意志と、それを可能にする環境である。誰もが何らかの"オタク"になる必要がある時代なのである。

子供たちの通う学校では、科目毎の飛び級や、逆にわざと学年を遅らせること、高等教育の教材を使って学ぶこと、さらには専門知識を持った親が補助員として教えるということが頻繁に行われる。すべては、知識全体を底上げしつつ、得意な分野や好きな分野を見つけさせ、徹底的に伸ばす仕組みである。

今週は、新学期の始まりだった。その時の校長先生のスピーチの一部が印象的だった。

"これから新しいことを学んだり、新しい友達や先生と時間をともにしたりする中で、多くの困難にぶつかるであろう。全部完璧にこなそうとするな。とにかく乗り越えろ。(Don't try to do everything perfect. Learn how to get through it)ただし、面白いと思ったこと、楽しいと思ったことはとことん追求しろ。(Find what you love, and do what you enjoy.)"

その2:学際的かつ実用的な教育

子供たちが小学校に通い始めたころよく驚いたことがある。学期中に学ぶ多くの科目に対して、必ずといっていいほど、学期末のリポートの提出と発表会が組み合わせになっているのだ。つまり、普段の教科書での勉強や宿題は、すべて学期末のプロジェクトやプレゼンテーションのためのツールであって、目的ではないという構造である。

例えば歴史であれば、学期中に学んだ時代や国で活躍した、"教科書で取り上げられていない"人物を一人選び、徹底的に調べさせる。

インターネット、図書館、時には博物館見学。手段は問わないが、簡単には得られない情報ばかりである。それをリポート用紙にまとめ、推敲(すいこう)を繰り返し、一方で大きな模造紙に図や絵を豊富に使い、学期末の発表会に備えさせる。最後の発表会には、その人物の格好をして、他学年の生徒、親や先生を前にスピーチをする。

そこには、基礎的な学習力、主体的な調査力、簡潔に表現する文章力、彩りのある図や絵を書く表現力、往来する人を立ち止まらせるためのアートや仕掛けといった創造力、そして人の前でプレゼンするコミュニケーション力など、教育が達成すべき要素がすべて凝縮されている。これを小学校低学年から繰り返すのだ。

我が家の小学校2年生は、地元の歴史を勉強した際に、リー・ド・フォレストという"エレクトロニクスの父"と呼ばれる発明家について調べた。発表会当日はネクタイとスーツを着て、自分のブースを持って、あたかも自分であるかのように、フォレストの発明や貢献について通りがかる生徒や親に何度も説明していた。

確かに小学校2年生に、フォレストの発明した真空管が何か、電子工学が何かは理解できないであろう。ただ、この調査の旅を通じて、地元に偉大な発明家がいて、彼の発明によって映画に音声が付き、多くの家電製品が生まれることになったということは理解していた。また、コスプレまでして、何十回と自分のブースで説明した経験は一生残るはずだ。

何よりも、図書館で借りてきた難解な文献を理解して、文章に起こす作業を、"親が"手伝うことが当然とされ、多くの週末の時間を過ごしたという体験は、親にとってもかけがえの無い時間になったことは言うまでもない。

特徴その3:生活の一部に同化したIT

パソコンはもはや我々の生活の一部になっている。読み、書き、そろばんに加え、ITと第二外国語が必要な時代だ。

シリコンバレーキッズは小学校からパソコンの利用が始まり、中学に至っては、連絡事項も成績も、先生への質問も「学校版フェイスブック」のようなシステムで管理されている。当然パソコンを持っていない人に対しては、学校のパソコンルームが開放されていたり、貸し出したりと、格差が生まれないような仕組みになっている。

中学校のリポートはワード、プレゼンはパワーポイント、データの分析はエクセルが使われる。パソコンに内蔵されているソフトは、あくまで手段の一つにすぎない。宿題や課題に関しても、「コピー&ペースト」に対しては厳罰なペナルティーが待っているのは当然であるが、スカイプで友達に相談したり、グーグルで検索したりと、パソコンの利用は"教えられる"ものではなく、自然体で身に付くような仕組みになっている。

また、冒頭の事例にもあるように、ITを駆使した新しい教育法は、市のレベルで、時には先生の裁量で、柔軟に取り入れられている。

特徴その4:重視されるアナログな力

何もシリコンバレーの人々は、世の中をすべてデジタル的に、効率だけで考えている訳ではない。実は、デジタル化の波のスピードが速い時代であるからこそ、アナログな感覚や経験がますます重要視されている。

子供たちが通っている学校では、学校の裏庭に小さな農場(The Farm)があり、そこで動物を飼育して、野菜を栽培している。

生徒たちはこの農場の運営を手伝い、そこでの収穫物を、毎週木曜日の放課後に開かれるマーケットで売り、売り上げを学校の活動に還元する仕組みになっている。裏庭の農場で小さな経済を学んでいるのだ。

また、先学期には19世紀の地元の生活を再現する(シミュレーション・デイ)と称して、子供も送り迎えする親も、男子であればジーンズとシャツに麦わら帽子、女子はドレスにレースの帽子といった格好で数日間登校した。

授業もペンや鉛筆なしで黒板のみを使う。遊びはボール運びや袋に入って跳ねて競争するレース等。極めつきは、ランチもライ麦パンのサンドイッチにミルク。ITとは無縁の生活を体験した。

意外に思われるかもしれないが、あまりにデジタル化が進んでいる地域であるからこそ、人との触れ合いや、道で出会った人への挨拶、そして困っている人がいれば進んで手を貸す姿勢が尊ばれる。また、環境を支えている動植物への理解と感謝が重要視されている。最新のテクノロジーと自然環境の健全な発展のためには、このデジタルとアナログをバランスよく使いこなすことが不可欠だ。

初等教育の本当のミッションとは

以上のように、シリコンバレーキッズは5歳の小学校生活が始まると同時に、このような教育の現場で学び、社会に出るための準備期間を過ごす。日本から見れば、奇抜にも、リスキーにも見える教育法で基礎的な学問を習得し、その上で変化の早い世の中に対応する、柔軟性と想像力、そして共感力を磨くのである。

得意なことがあれば、先生や親も含めて徹底的にあおり、挑戦させる。机上の学問にとどまらず、実社会での実践を経験させる。新しいツールがあれば、積極的に採用し、うまくいかなければ止めさせる。便利な現代社会を支える人間や自然への感謝の気持ちを忘れさせない。

これはまさしく、アントレプレナーの心のあり方のすべてである。日本だけでない、世界中の初等教育はかくあるべしだと、私は考えている。

在米ベンチャーキャピタリスト 伊佐山元 (e-mail: gen.isayama@gmail.com)

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