スマホ断ちで気分一新 「デジタルデトックス」に注目
ネット依存から脱し、自分の時間に集中
デジタル機器を全く持たず「滝行」に
東京都大田区の朝永俊さん(仮名、29)と世田谷区の山下友美さん(同、26)は7月末、デートで訪れた神奈川県鎌倉市でデジタルデトックスに目覚めた。長谷寺で印刷された仏像をなぞって描く「写仏」に挑戦。わずか1時間ほどだが、スマホをしまい込み「着信も気にせず集中できた」(朝永さん)のが新鮮だった。IT企業に勤める朝永さんはスマホを数台持つ。デート中にもしょっちゅう着信し、けんかになったことも。「これから1台も持たずに2人の時間を過ごす機会を増やしたい」。山下さんとデジタルなしのプランをたてるのが楽しみになった。
都内でコワーキングスペースを運営する赤木優理さん(34)は2カ月に1度、高尾山に出かける。今夏には滝に打たれる「滝行」も経験。普段は仕事でパソコン・スマホ漬けだが、山に入る時はデジタル機器を全く持たない。自然の中で仕事とプライベートの区別をはっきりつけるため。「自らネットワークを断ち切らないと始終、仕事に追われることになる」。知人のIT関係者らにも、意識的に携帯電話の電源を切り、脱デジタルの時間を持つ人が増えている。
病院のネット依存外来に月30人が来院
シマンテックの2012年の調査によれば、日本人のインターネット利用者は1週間に平均49時間をネットに費やす。1日7時間、スマホやパソコンを見ている計算。特にスマホの普及で交流サイト(SNS)、ツイッターなど、デジタル空間で他人とつながる機会は一段と増えた。便利である一方、つながりを確認することが強迫観念になってしまう場合もある。心理的に「一人きり」「二人きり」になれないといった弊害だ。
インターネット依存専門外来を昨年開設した久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)には月に30人ほど来院する。健康がすぐれない、会社に行かなくなったなど過度のネット利用で生活に支障をきたした人たちだ。うち6割がゲーム漬け。SNS依存は1~2割を占める。樋口進院長は「パソコンの場合は部屋から出なくなるなど自覚しやすいが、移動中も利用できるスマホではネット依存なのか判断がつきにくい」と指摘する。
ネット依存気味だな、と自分で気付けば、深刻化する前にデトックスに取り組める。宝飾業界で働く松矢英恵さん(29)もその一人。食事法の教室に通い始めたのをきっかけに今年、生活習慣を見直した。その一環で「夜はデジタルデトックスの時間」と決めた。
以前は夜遅く帰ってもスマホのSNSがやめられず、不眠症気味になっていた。今は帰宅後、送受信オフにし、11時に床に就く。パソコンに向かうのは朝5時の起床後。「SNSに書き込む内容が前向きになった」という。
社員の机からPC撤去、新商品開発が活発化
デジタルデトックスを導入する企業もある。IT企業のドリーム・アーツ(東京・渋谷)は会議へのパソコン持ち込みとパワーポイントの使用を1年前に禁止した。代わりにホワイトボードと落書き帳が必須アイテムに。議論に集中させることが目的で、社員の間からは「会議前に予習するようになった」「画面に見入る人がいないので、誰にでも意見を振りやすくなった」との声があがる。
いち早く取り組んだのはアイリスオーヤマ。5年前に本社機能のある宮城県の工場の社員の机からパソコンを撤去した。メールなどは共有スペースで処理。60分ほどでタイマーが鳴るので社員は効率的にパソコンを使う。売上高に占める新商品比率は5年間で4割から6割に増えた。「パソコンから離れ、一人で考え、誰かと話し合う時間が増えたためでは」と同社ではみている。
「IT断食」の山本社長 ITには無駄な時間を強いる面も
企業のデジタルデトックスについて「『IT断食』のすすめ」(日本経済新聞出版社)の共著者でもあるドリーム・アーツの山本孝昭社長に聞いた。
「数年前に音声認識機能のデモを見たとき『これは危ない』と思った。いずれ人はコンピューターと会話するようになり、男性が女性を口説かなくなる、と。ITがコミュニケーションや感情に入り込んだ段階で付き合い方を見直さねばと感じた」
「本来、ITは効率化に役立つものだが、今は無駄な時間を強いる面もある。『とりあえず』とccメールが大量に送られ、パワーポイントで『念のため』の資料も増えた。この10年間でITは企業に管理部門のマッチョ化をもたらした」
「ITは食べ物と同じ。便利だから、おいしいからと次々手を出すと、やがてダイエットに多大なコストが必要となる。賢いITの使い方を真剣に考える必要がある」
(中村奈都子)
[日経MJ2012年11月5日付]
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