著作権対策、マネできないデザインとは? 佐藤オオキ
編集委員 小林明
企業ロゴ、商品パッケージ、ブランド店の内装、カバンのブランディング……。
ものづくりや建築、ブランディングなど様々なプロジェクトを手掛ける気鋭のデザイナー、佐藤オオキさん(38)が今年4月中旬、主な活動拠点としているイタリア・ミラノで新たな展示会を開いた。今回披露したのは漫画をモチーフにデザインしたというユニークな50脚のステンレス製のイスだ。
漫画をモチーフにした狙い、コピー商品にどう対処
佐藤さんは「新しい視点を世の中に問いかけて刺激を与え続けたい」とデザイナーとしての持論を強調。中国などで横行するコピー商品などの著作権侵害については「無理に押さえ込もうとしてもイタチごっこで完全に防ぎきれない。簡単にはマネできないデザインを続けることが有効ではないか」と力説する。
佐藤さんが考える「マネできないデザイン」とはどんなものなのか? 作品に込められた思いやものづくりに取り組む姿勢、今後のビジョンなどと合わせて、インタビューで語った本人の言葉を紹介しよう。
場所はミラノ市中心部にある教会に隣接した回廊の中庭。白いステージの上に不思議な形をした50脚のイスが整然と並んでいる。真っ青な空の下。会場を絶え間なく訪れる家族連れやカップル、学生などの姿を時折見ながら、佐藤さんはこちらの質問にていねいに答えてくれた。
吹き出し・効果線・漫符……、漫画表現と日本のものづくり
――変わったイスが並んでいますが、この作品を発表した狙いはなんですか
「以前から日本の漫画が面白いと感じていました。黒いインクの輪郭線だけで感情や動きを豊かに表現できる。3次元的なものを抽象化させる技術は世界でもまれな文化ではないでしょうか。その技術を立体に還元し、漫画が持つ記号性を家具デザインに落とし込んだら、面白いメッセージが発信できるのではないか。そう考えてイスを作ってみました」
――それぞれのイスには表情があり、いまにも動き出しそうですね
「そうですね。漫画の吹き出しや効果線を使って音声や動作を視覚化したり、漫符と呼ばれる汗や涙による感情表現を使ってキャラクター性や物語性を持たせたりしてみました。どれも商品として家具店で爆発的に売れるようなものではありませんが、ユニークな発想や視点を展示会を通じて世の中に問いかけ、刺激を与えてみたかったんです。それが新たな創造のきっかけになれば理想です。デザインは自分のなかで完結するものではない。外への広がりがあるものではなければいけないと思っています」
きっかけは松井優征さんとの対談、日本の職人技術もアピールしたかった
――着想したのはいつ、どんなきっかけだったのですか
「『暗殺教室』などを描いた漫画家の松井優征さんと1年半くらい前にテレビで対談し、漫画の不思議な可能性に気づいたのがきっかけでした。当初は80種類くらいデザインしたのですが、技術的にできないものもあり、最終的に切りのよい50脚を展示することにしました。それぞれが独立した家具でなく、お互いの関係性も感じさせるように展示しています。また、周りの景色の映り込みを意識して全部ステンレス製にしました。磨きを依頼したのは新潟・燕三条の職人さんです。何度も試作して光や色を入念にチェックしました。『実はこれはね……』という感じで日本の技術も間接的にアピールしてみたかったんです」
――世界最大の家具・インテリア国際見本市「ミラノ・サローネ」では中国人バイヤーが急増し、国籍別来場者ランキングで2014年以来、首位に立っています。
「ミラノで頑張っている日本人デザイナーや日本企業も多いですが、たしかにビジネス面では中国企業の存在感が急速に高まっていますね。欧州のメーカーもデザイナーも欧州市場だけでは成長に限界があり、アジアや南米など新興国の市場も意識せざるを得ない状況にあります。ただ中国とのビジネスはコピー商品など著作権のリスクも大きい。これが悩みの種になっています」
相次ぐコピー商品の被害、3Dスキャナーで翌週には流通
――佐藤さんも被害に遭われたことはありますか。
「もちろんありますよ。多くのコピー商品を作られました。完全にコピーされた商品もあるし、部分的にコピーされた商品もあります。それを10分の1とか、20分の1とかの値段で安売りされてしまう。会場に3Dスキャナーを持ち込まれ、翌週にはそのコピー商品が市場に出回っていたという話もよく聞きます。欧米メーカーはこうした著作権侵害に訴訟などで戦っていますが、結局、すべてはつぶし切れません。そういうモラル、マナーの国にデザインやブランディングという概念を浸透させるのはなかなか簡単ではない」
コピー対策は「北風と太陽」の発想で、無理に押さえ込んでも防げない
――著作権侵害にはどう対処すればいいでしょうか
「イソップ童話の『北風と太陽』ではありませんが、無理に押さえ込もうとしてもイタチごっこで完全に防ぎきれるものではありません。まず、時間をかけてメーカーやデザイナーがデザインやブランディングの価値を分かってもらうように努力すること。創造とは単なる表層的なものではなく、それが経営資源として価値を持ち得るものであり、大切に育てていかないとダメなんだと理解してもらわないと、本質的な解決にはつながらないと思います」
「さらに、簡単にはマネできないデザインを続けることも有効でしょう。形だけの勝負だと簡単にマネされてしまいます。でも、面倒臭い手作業であったり、先端技術、先端素材などを駆使したりすればデザインは簡単にはコピーできません。たとえばこのイスもステンレスの磨きだけで燕三条の職人が完成までに4、5カ月かけています。メッキなら似たようなものができますが、同じ質の商品は簡単にはマネできません。商品の良しあしはすぐに消費者に分かります」
手間や面倒くささが強みに、まだ強い日本のものづくり
――日本のものづくりはまだまだ世界で通用するということですか
「日本には地道に積み重ねてきたものづくりの長い歴史がありますから、まだまだ通用すると思います。簡単に負けることはないでしょう。だから、こちらからものづくりの哲学を教えてあげると言ったら、少しおごった言葉に聞こえるかもしれませんが、相手に『単にお金のために作品をマネするのは恥ずかしいこと。それよりも何か自分のオリジナルを作ってみたい』と少しでも分かってもらえたらうれしい。今後の道のりが長くても、展示会がそういうきっかけにもなればいいなと思っています」
――デザイナーとしての最終的な目標は
「これは難しい質問ですね。とにかく楽しいというだけでこれまでやってきましたから。自分のデザインの領域が日々広がっているのも楽しいし、日本の独自性や強みへの期待がかつてないほど高まっているのもうれしいこと。大きなやりがいを感じます。今後は大勢のデザイナーと集団でものをつくる機会が増えそうなので、『集団創造』が次に取り組むべき自分の課題になるかもしれません」
「とにかく、長期的にどうなりたいかということはまだ自分でもよく分からない。でも、明確に分からない方が面白いんじゃないでしょうか。いろんな体の筋肉を使いながら想像力を働かせ、様々な気づきを今後のものづくりに生かしてゆく。分散していた点が線でつながり、やがて面にひろがっていく。そんな感じで仕事できていければうれしいです」
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。
関連企業・業界