許されるか電気値上げ 賠償費の消費者転嫁に厳しい目
地域独占、市場原理働きにくく
東京電力福島第1原子力発電所事故の処理をめぐり、電力業界と政府が綱引きを活発化させている。東電の賠償金支払いの支援案を検討する政府は、東電の賠償責任と同時に他の電力会社にも資金負担を要請。巨額の負担を警戒する電力側が値上げに走るシナリオが現実味を増す。そろって値上げを申請すれば石油危機以来約30年ぶり。電力自由化後の料金引き下げの流れに逆行する。消費者負担の前に電力会社の経営努力を前提とする政府と溝は深い。
東電は夏場の電力不足に備え、火力発電の能力を増強中。「東日本大震災後に金融機関から受けた2兆円の融資のうち、1兆円は石油など燃料費の増加にあてざるをえない」(東電首脳)。加えて巨額の賠償責任がのしかかる。政府は東電に"最大限のリストラ"を迫る構えだが、合理化だけではコスト増加分の回収すら難しい。東電の賠償負担額ははっきりしないが、いずれ値上げに頼らざるを得ないとの見方が根強い。
負担を迫られるのは東電だけではない。政府は東電だけで賄えない賠償金を新設の「新機構」で確保しようとしている。関西電力など原発を持つ電力大手も機構への負担金の出し手になる内容だ。「負担は電気料金に転嫁する形だが、具体的な金額は示されなかった。(負担は)東電のリストラが前提」。四国電力の千葉昭社長は、賠償の枠組みをめぐる政府の動きをけん制する。
各社は資金捻出のためにリストラを迫られることに身構える。定期点検停止中の原発の運転再開が遅れる可能性があり、火力発電所で使う石油などの価格高騰にも直面しているからだ。
電気料金は毎月見直されているが、それは「燃料費調整制度」に基づき燃料の価格変動を反映させているだけだ。しかし、原発が長期間止まって燃料代が高い火力発電の比重が高まるなどコスト構造が大きく変われば、電力事業の原価を洗い直して料金に転嫁する「本格改定」による値上げ申請が視野に入る。
ただ、本格改定による値上げは公聴会や経済産業相の認可が必要で、ハードルは高い。東電の場合、最後の本格改定による値上げは石油危機後の1980年までさかのぼる。東電は2007年の新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原発の停止や原油価格の高騰を受け、08年9月にも本格改定に踏み切ったが、値上げは申請せず、改定直後の料金は据え置いた。
そもそも電気料金は人件費や燃料費などの費用に事業報酬を加えた総額で決まる「総括原価方式」を基に計算されている。本来安易な値上げは顧客離れにつながりかねないが、総括原価方式は事実上の地域独占と同様、電力の安定供給という義務と引き換えに得た特権の一つといえる。その分、西日本の電力首脳が「コストを転嫁できてうらやましい、と顧客に言われるとつらい」と語るように、競争原理の働きにくい業界構造には厳しい目が向けられる。
電力自由化が始まった90年代半ばから電気料金の水準は2割近く低下したが、米国や韓国と比べると、なお高い。東電への賠償支援策が固まっても、その先には電気料金への転嫁のあり方を含めた難題が待ち受けている。政府は消費者負担の増大につながる電気料金の値上げには慎重。一方で税金投入による支援も結局は国民が負担することになる。支援策の行方を含め、電力大手や政財官の駆け引きが過熱しそうだ。
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