気仙沼の蔵元、酒造り再開「もろみは生きていた」
「津波を生き延びたこの『もろみ』は絶対に守る」――。被災した宮城県気仙沼市の老舗蔵元「男山本店」が酒造りを再開した。ライフラインが途絶える中、地域の協力で水や電力を調達。5代目社長の菅原昭彦さん(49)は「気仙沼の地酒を造り続けることが復興につながるはず」と町の再建に懸ける思いを語る。
瞬時に有数の漁港都市をのみ込んだ津波は、国の登録有形文化財にも指定されていた老舗蔵元の店舗も破壊。売り上げの大半を占める市内の小売店も軒並み流された。
菅原さんはやや高台にある近くの酒蔵に駆け込み難を逃れた。だが電気や水道などは壊滅状態。酒蔵のタンクには約1500リットルのもろみを仕込んだばかりだったが、停電の影響で温度管理に必要な冷却機が稼働しない。
一時はもろみの廃棄も覚悟した。だが、タンクに耳をあてると発酵して気泡がはじける「プシュップシュッ」という音。音は日ごとに力強くなった。「津波に負けず、よく生きていてくれた。このもろみは気仙沼の復興を願う自分たちの希望そのもの」との思いがこみ上げた。「これだけは絶対、酒にしてみせる」
杜氏(とうじ)らは車や酒蔵に泊まり込み、タンクに氷袋を巻いて発酵を見守った。菅原さんは知り合いの建設会社や電気工事業者など地域の協力を取り付け、トラックや発電機を調達、新酒の搾り出し作業に備えた。
親や兄弟を失った社員もいた。「たかが酒のために続けていいのか……」。迷ったが、残った社員には「会社のためでなく町の復興のために酒を造ろう」と訴えた。
被災から約2週間。ついにもろみが熟成、最終工程にまでこぎつけた。搾りたての新酒を味見した菅原さんは「これまでで最高ランクに近い出来栄え」と目を潤ませる。
復興への道のりは容易ではないが、菅原さんは「全国に通用する気仙沼の地酒を造ることが、町の復興にもつながるはず」と決意を新たにする。そして、復興の願いがかなった暁には「被災した気仙沼の人たちと、思う存分酌み交わしたい」。