熊本県知事、TSMCに第3工場要請「最先端の半導体を」
――TSMCの熊本進出発表(2021年10月)から3年がたちました。県内の経済効果はどれくらいありますか。
「全体の金額で言えば九州フィナンシャルグループが2022年から10年間で県内への経済波及効果を約11兆2000億円と試算しています。実際はどうかというと、進出決定からこの3年で県内の半導体関連企業の新設・増設は県が立地協定を結んでいるものだけでも60件あり、それ以外の業種の企業進出も含めて23年度は過去最高でした。物流や材料関連などにも広がり、経済効果は非常に大きい。ただ、これまでは土地売買といった先行的な経済効果でしたが、TSMC第1工場の稼働後に、さらに人やお金が回り出すことを期待しています」
「経済のみならず、青少年交流や観光など色々な形で台湾とのつながりが強くなっています。昨年末までは台湾との直行便が1便もなかったのですが、現在は週12便が飛んでいて搭乗率も高く、台湾からのインバウンド増加につながっています。台湾とビジネスを始めようとしている県内の事業者もあり、官民を挙げて人の流れを活発化させています。台湾などの東アジアとの距離の近さを生かすことが、熊本が生き残るための勝ちパターンだと考えています」
――副知事時代から受け入れ準備に携わられてきましたが、TSMCに対して行政としてどのような支援をしていますか。
「20年10月に副知事として就任しましたが、受け入れ準備に携わってきました。いざ動き出した時にすぐに対応できるように準備していましたが、意外にも最もハードだったのが、TSMC社員の子女の教育環境を整えることでした。留学生や技能実習生などとは異なり、海外から家族帯同で大量に人がやってくる例は日本全体を見てもあまりありません。インターナショナルスクールへの格上げや英語授業の設置、公立校には中国語スタッフを配置するなど、役所として前例がなかったことをたくさんやりました。大変でしたが、今後海外から研究者など高度人材を招くうえでも子女教育は重要なポイントになります」
「もう一つ、早めにやっておいて良かったのは金融機関同士の提携を後押ししたことです。22年に肥後銀行と台湾の玉山商業銀行が提携するなど、民間がビジネスしやすい環境を地道に整えました。熊本と台湾は距離的にも、東京に行ってビジネスをするのと同じ感覚の近さです。熊本がこれから生き残っていくことは、つまり日本が生き残ることとほぼイコールです。やはりしっかりと開かれないと駄目です。日本はガラパゴス化してきたこの30年によって、世界のビジネスの発展に取り残されてしまったと感じています」
最先端の2〜3ナノは日本に来ていない
――第1工場の稼働が目前(編集注、取材したのは2024年11月)ですが、裾野産業の広がりをどう見ていますか。
「第1工場で製造する半導体は自動車やスマートフォン向けなど国内需要も見込んだ汎用品です。最先端ではない汎用品ですら日本国内では作れないので、TSMCを誘致することになったわけです。また、今建設中の第2工場は、回路線幅10ナノ(ナノは10億分の1)メートル未満の先端品となる予定で、そうなると(TSMCを支える)最先端の技術を持つ台湾企業が日本に進出して日本企業と合弁を組む可能性も考えられます。日本の半導体製造装置や材料メーカーへの効果にも期待しています」
「一方で、さらに最先端の2〜3ナノはまだ日本に来ていません。私たちは第3工場としての進出を要請しています。なぜすぐ決まらないかというと、最先端半導体を使う産業が日本にまだないからです。半導体そのものをつくるだけでなく、使う産業を興していきたいというのが私の思いです。材料や装置の話だけでなく、人工知能(AI)や自動運転、高度医療などの領域でイノベーションが必要です。例えば、日本の医療技術については台湾の人も最高峰だと言っているのですが、半導体を使ったロボットなどと組み合わせたサービスを実行できる医療機関や企業はありません」
「イノベーションを起こす研究開発には、大学がもっとオープンな産学連携をしていくべきで、そうした場をつくっていきたいと考えています。県内にとどまらず、九州全域で産学連携を徐々に増やし、サイエンスパークのような形にしていきたい。域内にあるソニーグループや東京エレクトロン、富士フイルムホールディングス、三菱電機などの拠点を中心に連携できたらと考えています」
――8月に知事として初めてTSMC本社を訪問しましたが、どのようなやり取りがあったのでしょうか。
「TSMCに第3工場の要請はしましたが、まだ雲をつかむような話で何も決まったわけではありません。それ以上に、第3工場でつくるものが日本で必要とされているか、ということに尽きます。第3工場で作るような最先端半導体を活用した産業がないと、日本の産業の未来にもつながりません」
「TSMCはやはり動きが速いですね。それに対応できるよう我々も期待に応えていきます。今回はちょうどいい用地があったことや、九州に半導体関連産業が集積していたことなど、色々なピースがはまったこともありましたが、通常10年かかるような規模の建設工事を約2年半で完成させました。先に発表していた米国での同社工場の建設計画よりも早く、『約束通り日本はやってくれた』とTSMCからよく言われます」
「台湾の半導体産業が集積する『新竹サイエンスパーク』も訪問しましたが、約40年かけて今の規模になっているので、熊本が同じような時間をかけてもまねできるものではありません。一方で参考になったこともあります。台湾は大学と企業との連携がすさまじい。TSMCを含めた企業は、大学に人・モノ・カネを出して一体となって研究し、多くの大学院生がそのプロジェクトに参加することで企業の新サービス創出につながっている。研究者が研究だけでなく、社会実装を想定しながら動いているのを見ました。日本は大学がオープンになって、産業を生み出していくというマインドチェンジが必要ですし、企業は自社の研究所でやるという縦割り意識を乗り越えていく必要があります」
「台湾から進出してくる企業は、日本の大学との連携を求めています。すでにTSMC子会社で日本の生産拠点を運営するJASM(熊本県菊陽町)は、熊本県立大学や熊本大学と地下水の保全について研究を始めています。お金を出すので一緒にやりませんか、と提案することで自社の利益や技術向上にもつながるのです。日本の企業はあまりそういったアプローチをしてきませんでした。大学にとっても授業だけでなく企業との連携プロジェクトで学生を集められるはずです。行政として積極的な連携を促し、世界に開かれた施策を取っていきたいと考えています」
(日経ビジネス 薬文江)
[日経ビジネス電子版 2024年11月25日の記事を再構成]
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