北川悦吏子さん
ERIKO KITAGAWA
評価や競争に晒されても、心の中に聖域を
『ロングバケーション』『半分、青い。』など、数々の国民的テレビドラマを手掛けてきた、 脚本家の北川悦吏子さん。早稲田大学第一文学部で過ごした4年間を、「塊の時間」という言葉で振り返る。
「時間を気にすることなく、夜通し友人と語り合って過ごした、自由で無尽蔵な塊のような時間。喧嘩をしながらも恋愛や人生、進路や創作について真剣に考えた、私にとってかけがえのない日々です。哲学科ながら音楽に没頭するなど、当時は多分異端だったと思うのですが、私のアイデンティティをそのまま受け入れてくれる早稲田の自由な校風が好きでした」
卒業後、会社員勤務を経て連続ドラマの脚本家デビューしたのは1992年。テレビメディアが活気づく中で時代をリードする、多忙な日々が始まった。
「都内のホテルに缶詰になり、昼夜問わずスタッフさんが訪れ、延々と打ち合わせをするような、皆が夢中な時代でした。視聴率に追われ、周囲の期待に応えるために、もがき苦しんだこともありましたが、『自分が書きたいものを書く、完成度の高いものを目指す』ことは、 いつも聖域として大事にしていました」
北川さんは40歳の時に潰瘍性大腸炎を発症。以来20年間、難病と共存しながら執筆活動を続ける日々を送っている。
「かかりつけの病院から遠くは離れられないので、海外渡航は難しいなど、行動の幅は狭まったのは事実です。でも、〝遠く〟は無理でも、〝深く〟には行けると考えてきました。人間関係でも、病を負った私と付き合うということは、生死のことを話し合うことになるのでおのずと絆も強く深くなるんです」
北川さんはどのようなバランス感覚で、身体や心と向き合っているのだろうか。
「執筆は1日4時間と決め、それ以外はヨガや散歩で体を動かしたり、YouTubeを見たりして過ごしています。心身に無理が利かないことはわかっているので、睡眠を削ったり、締切間近に追い込んだりすることは絶対にしません。病気は不運だけど不幸だとは思っていなくて、より深く生きられてるなと思うこともあります」
若い世代には可能性が広がっていると、北川さんはエールを送ってくれた。
「若手の脚本家を見ていても、数字や地位に捉われず、自由な価値観を保つことが上手な人が増えたと感じます。人は社会的な生き物なので、時には他者からの評価も必要ですが、それが本質的な価値ではありません。競争から多様性へ、時代も大きく変わりました。もしも例えばSNSでの評価で悩んでいるならば、その不毛さに気づいてほしい。自分にとっての幸せを見つけ出し、冒険をしながら謳歌してほしいです」
PROFILE
1961年 岐 阜 県 生 ま れ。
1984年早稲田大学第一文学部卒業。1992年に『素顔のままで』で連続ドラマの脚本家デビュー。テレビドラマ『愛していると言ってくれ』『ロングバケーション』『ビューティフルライフ』『空から降る一億の星』『オレンジデイズ』『半分、青い。』『夕暮れに、手をつなぐ』などの脚本を手掛ける。