マツダ・アクセラ 開発者インタビュー
まずは理想を持て 2013.12.19 試乗記 マツダ商品本部 主査
猿渡健一郎(さるわたり けんいちろう)さん
「“The Mazda”スポーツコンパクトの革新」をテーマに、デザイン、走り、カーコネクティビティーシステムと、話題満載の新型「アクセラ」。開発率いた猿渡主査に、アクセラに込めた思いを聞いた。
退屈なクルマは造らない
――「マツダは退屈なクルマは造らない」という主張を、最近マツダの発表会で耳にします。具体的にどういうことですか。
クルマというものは、実は乗る前から始まっています。どんなに疲れている時でも、そのクルマを見た瞬間、心にポッと火がついて、「あ、走りに行こう」と思わせることが大事。新型「アクセラ」では、見た瞬間にいきなり元気になるような、躍動感に満ちたデザインを心がけました。
また、今回は「センスがいい」ということにすごくこだわっていて、ドライバーがシートに着いた時、「これは退屈だ」と思われるデザインにしたくはありませんでした。通常、インテリアのクオリティーを上げようとしたら、全面をシルバーやピアノブラックにしてしまうこともあるのですが、長い期間乗っていただくことを考えたら、それではきっと飽きてしまう。そこで、シルバーと黒のコントラストを大切にするとか、赤いステッチを入れるとか、「作り込まれた感じ」を大事にしました。
――走りについてはどうですか。
われわれは「意のままに」と表現しています。例えば、ドライバーが(角度で)2度曲がりたいと思ってステアリングを切ると、クルマがきっちり2度曲がる。さらにもう2度曲がりたいと思ってステアリングを切れば、さらに2度曲がる。ドライバーにとって、これはとても気持ちがいいことでしょう。
ところが、2度曲がろうと思ってステアリングを切ったら4度曲がってしまうようでは、意のままにならないどころか、ストレスにすらなる。そういう動きをなくそうというのが基本姿勢です。
もがき苦しんでいる人にこそ乗ってほしい
――新型にはボディー、パワーユニット、トランスミッションに幅広い選択肢があるばかりか、インテリアには新しいHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)の考え方が採用されるなど、すごい盛り込みようですね。
われわれは基本的に、比較評価ではクルマを造らないようにしています。競合車を並べて、「あっちには付いているから、こっちにも付けよう」などということはやっていない。お客さんがこのクルマを使うことで元気になってほしいと考えているだけなんです。
新型のターゲットユーザーは25歳から40歳ぐらいまでの、精神的に若い人たちとしました。いろいろなことにチャレンジしようとしている人たち。しかし、まだ成功したとはいえず、もがき苦しんでいる。そういった人たちが、このクルマに乗ることで元気になって、明日も頑張ろうと思えるようにしたい。そう考えた時、デザインにしても、パワーユニットにしても、カーコネクティビティーシステムにしても、こういったものを盛り込めば、われわれが望む世界観を作ることができると判断しました。すべてはそこから始まっています。
――「もがき苦しんでいる人」とは、すなわち今の日本を意味しているのですか。
いや、日本だけではありません。世界的にそんな印象なんです。今回、ヨーロッパで1人、中国で1人、アメリカで2人、ブラジルで1人、実在する人を(ユーザーのモデルとして)ピックアップして、彼らの生活スタイルや考え方など、さまざまなことを分析しました。
先ほど(インタビューの前に)お見せしたアクセラのコンセプトムービー、実はあれ、開発者向けに作ったメッセージビデオを元にして、みなさんにお見せできるように新たに制作したものです。ムービーの冒頭では、仕事を終え、くたびれた様子の若いビジネスマンが屋上駐車場に出てきます。その人がキーを押した瞬間、アクセラに魅了されて、運転に没頭します。そうしているうちに日が昇り、いつぞや着ているスーツもピシっとしていて、さあまた仕事に行こうという内容になっています。
ユーザーのモデルの分析を通じて、われわれがターゲットにしている人たちは、実際に世界中にいるんだという確信が持てました。そこで「彼らはこういう考え方だよね」「じゃあ、彼らにフィットするようなクルマを造ろうじゃないか」と考え、造り込んできました。
「相棒」のようなクルマを目指す
――猿渡さんは、新型アクセラをユーザーの「相棒」のような存在にしたいと述べています。より詳しく教えてください。
主従関係でいえば、もちろんドライバーが「主」です。しかしいい相棒というのは単に「従」であるだけでなく、ドライバーに対して主張してくるものだと考えています。お互いに刺激し合うことによって、ドライバーが成長する。そういう関係をクルマで作りたいんです。
例えばインテリアのデザイナーには、「自分が持っているすべての感性をつぎ込んでくれ」と伝えました。だから、アクセラのインテリアは、乗る人たちに「このインテリアの質感を、あなたはわかりますか」と語りかけてくるはずです。そういうのがいい相棒です。人とクルマの間に、そんな関係があってもいいんじゃないかと思うんです。
――ところで、アクセラの操縦安定性開発では、「人馬一体」のほかに「構え」という新しいコンセプトが掲げられていますね。
クルマを運転している時、ドライバーはどんな要因によって心から気持ちいいと感じるのだろうかということを、われわれは日々議論しています。その中で、「構え」という考え方があるのではないかというひとつの結論に達しました。
ある動作をする時、われわれは過去の経験から、どれくらい筋肉を働かせればいいかを想像します。実際にそのとおりなら何の違和感もありませんが、想像より重かったり、軽かったり、自分の意識と違っていたら違和感が生じます。基本的にはこの違和感をなくそうと考えて、開発しています。
――ドライバーは、どの部位で最も敏感にクルマからの情報を感じとっているのでしょうか。
実はそこも研究しており、その結果がアクセラの中に入っています。人間がバランスを感じることができるのは、体幹の(指をさしながら)この部分に3層の筋肉があるのですが、一番内側にあるインナーマッスルなんです。今回のシートは、このインナーマッスルにフィードバックが入るようにしています。
サポートのいいシートというのは、人によって違います。しかし、座った瞬間からガチッとサポートするのが、必ずしもいいシートだとは思いません。普段はゆったり座れて、いざ横Gがかかったら、それに応じてピタッとサポートが入ってきた方が、今クルマがどういう状態にあるのかということを、より的確につかむことができるのです。
まずは商品がしっかりしていなければだめ
――率直にうかがいます。コスト削減が叫ばれるこの時代に、なぜマツダはここまで素直なクルマ造りができるのでしょうか。
マツダという企業が生き残るためには、これはただ生き残るだけという意味ですけれども、世界シェアを2%獲得すればいい。しかし、われわれの目標はそこにはありません。「われわれはこう考えているんだ」ということを直接的に出して、それに共感してくださる熱狂的なお客さまを10%作りたいと考えているのです。ブランドを作っていくということは、ある意味、お客さまを選ぶということでもあります。大手のメーカーとは「生きざま」が違うんです。
――コストと顧客の満足度の相関関係については、クルマ造りにおいてどのようにお考えですか。
「引き算のクルマ造り」はしたくないと思っています。これは社内でも相当議論したところなのですが、コストを100円削ることによってお客さまをがっかりさせることと、逆に1万円追加して、しかしお客さまが1万円の価値を認めてくれて、「わかった。1万円多く払おう。これを買おう」と言ってくださることのどちらがお客さまの満足度向上につながるのでしょうか。私は、1万円多く払ってもこのクルマが欲しいと思ってもらえるようなクルマが造りたかったのです。
いずれにしても重要なのは、私どもはあくまで商品を通して、お客さまと話をしているのだということです。ですから、まずは商品がきちっとしなければだめなのです。自分たちの思いを商品にどれくらい込められるか、これがすべてだと考えています。
――マツダは2007年に「車種を超えた、従来とは異なる共通化」を目指した「モノ造り革新」という考え方を掲げました。その効果は出ていますか。
ええ。エンジンを例に挙げれば、今はI4(直4)もV6(注:アクセラには搭載設定なし)もディーゼルも同じラインで生産しています。以前だったら、ガソリンはガソリン、ディーゼルはディーゼル、しかもI4とV6とで分けて造っていました。そういう体制だと、仮にV6の生産台数が落ちてしまうと、もうどうにもなりません。しかし、混流生産すれば、どれが減ろうと全体としてバランスを取ることができ、効率的な操業が可能になるというわけです。
まだまだ先がある
――目に見える部分で、モノ造り革新の成果はありますか。
メーターがそうです。アクセラは1眼式メーターを採用しており、「アテンザ」や「CX-5」(ともに3眼式)から大きく変えていますが、基本となる組み立ての手順は各車共通の「固定要素」として一切変えていないので、同じ生産工程で造ることができます。
われわれが生き残るためには、お客さまの多様なニーズに応えなくてはなりません。とにかく台数を造らなければいけないとか、種類を減らさなければいけないという従来の考えにとらわれることなく、多品種少量生産というものに最初からしっかり取り組み、効率を追求していきましょうというのが「モノ造り革新」なのです。
――新型アクセラでは悔いのないクルマ造りが実践できましたか。
われわれはまず「理想像とは何か」というところから議論を始めます。まず理想像を描いて、それに向かって何をすべきかという話し合いを重ねています。いまのところ、その理想に到達したなどとは思っていません。アクセラの走りのコンセプトである人馬一体にしても、「これが究極の人馬一体か」と問われたら、まだ描き切れていないのかもしれません。
われわれは今、いろいろなことを議論している最中です。もちろんその時々における最新の考え方、最新の技術を採り入れていますが、それはゴールではない。まだまだ先があると思って、日々取り組んでいます。
(文=webCG 竹下元太郎/写真=荒川正幸)
竹下 元太郎
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