大寧寺とは? わかりやすく解説

だいねい‐じ【大寧寺】

読み方:だいねいじ

山口県長門市にある曹洞宗の寺。山号は、東廬山応永17年(1410)大内教弘建立石室開山天文20年(1551)陶晴賢(すえはるかた)に追われ大内義隆寺内自刃


大寧寺 (たいねいじ)


たいねいじ 【大寧寺】


大寧寺

読み方:タイネイジ(taineiji)

宗派 曹洞宗

所在 山口県長門市

本尊 釈迦三尊

寺院名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

大寧寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/26 09:20 UTC 版)

大寧寺たいねいじ
所在地 山口県長門市深川湯本1074番地
位置 北緯34度19分41.6秒 東経131度9分46.2秒 / 北緯34.328222度 東経131.162833度 / 34.328222; 131.162833座標: 北緯34度19分41.6秒 東経131度9分46.2秒 / 北緯34.328222度 東経131.162833度 / 34.328222; 131.162833
山号 瑞雲萬歳山
宗旨 曹洞宗
宗派 石屋派
本尊 釈迦如来
創建年 応永17年(1410年
開基 石屋真梁[注釈 1]
正式名 瑞雲萬歲山大寧護國禪寺
文化財 本堂
境内・墓碑郡
梵鐘・搭頭興阿寺
法人番号 3250005004720
テンプレートを表示

大寧寺(たいねいじ)は、山口県長門市にある曹洞宗の寺院。山号瑞雲萬歳山(ずいうんばんぜいさん)。正式名は瑞雲萬歳山 大寧護国禅寺と称する。現在(2023年)[1]住職は元山口県立大学学長の岩田啓靖。

歴史

応永17年(1410年[注釈 2]大内氏一族で長門国深川城主の鷲頭弘忠が、能登国總持寺の禅僧石屋真梁を招聘し、城内に大寧寺の前身となる康福寺を創建したと伝える[3][2]。康福寺は人里に近すぎたため、石屋禅師の高弟智翁永宗が来住した際に協力を仰ぎ、現在の位置に移転して山号を大寧寺に改めた[2]。以降、大寧寺は總持寺の直末寺として高い寺格を維持した。

なお、開基を周防・長門の守護大名大内教弘開山を智翁永宗とする説もある。ただし、大内教弘は1420年の生まれで、年代的に合わない。

文安5年(1448年)に大内教弘によって鷲頭氏が滅ぼされた後も、大寧寺は大内氏の香華院として庇護された[2]。 政争に疲れて流浪の旅に出ていた元関東管領上杉憲実がこの寺で晩年を過ごし、文正元年(1466年)に病死している[2]

長享3年(1489年出羽国寒河江氏13代知広が大寧寺に寺領を寄進し子院として澄江院を建立した[注釈 3]。二親供養のためであったという。当時父の叔父にあたる全岩東純が大寧寺七世住職であった縁により行ったものである。

大内義隆主従の墓所
冷泉隆豊が自害した経蔵跡

天文20年(1551年)に大内義隆が家臣の陶隆房の謀反に遭い、山口から脱出後にこの寺に逃れたが、陶軍に包囲される。異雪慶殊(いせつけいじゅ)より戒名を授かった義隆は自刃し、寺も焼失した(大寧寺の変)。その後、毛利氏の庇護を受けて再建された。

寛永17年(1640年)、火災により本堂山門などが焼失。延宝5年(1677年)に益田元尭により山門が再建され、文政12年(1829年)に衆寮[4]を建替・増改築によって本堂も再建された。

明治維新期の住職、四十五世簣運泰成は七卿落ちで京都より落ち延びていた三条実美を保護したが、廃仏毀釈に反対し、明治2年に発生した奇兵隊脱退騒動の処断に抗議して連座することとなり、山口を脱出し愛知の豊川稲荷に落ち延びた[2]。藩の保護がなくなるなど維持管理が行き届かなくなり、老朽化した山門が解体されるなど明治以後は徐々に荒廃しつつあったが、その史的価値から保護保存の声が高まり、昭和40年代以降に境内や本堂などが県や市の有形文化財に指定された[2]

平成22年(2010年)4月に歴史資料館「虎渓殿」が開創600年記念事業として開館した。また、同事業に関連して山門再建にかかる費用を6億円と見積っており、現在、再建のための浄財(寄付)を募っている。

法系

 
瑩山紹瑾[注釈 4]
 
峨山韶碩[注釈 5]
 
通幻寂霊[注釈 6]
 
石屋真梁[注釈 7](1)
 
智翁永宗(2)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
定菴殊禅[注釈 8](3)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
竹居正猷[注釈 9](4)
 
器之爲璠[注釈 10](5)
 
大菴須益[注釈 11](6)
 
竹院総梵
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
全岩東純[注釈 12](7)
 
足翁永満[注釈 13](8)
 
天甫存佐[注釈 14](9)
 
奇伯瑞龐[注釈 15](10)
 
 
 
 
 
 
 

文化財など

姿見の池(奥)・かぶと掛けの岩(手前)[注釈 16]
盤石橋
本堂
昭和54年(1979年)に山口県の重要文化財有形文化財)の指定を受ける。衆寮を元に造られた本堂は珍しく、仏教寺院の本堂としては山口県下では最大級である。
境内・墓碑群
昭和42年(1967年)に大内義隆公主従墓所が山口県指定史跡に、昭和48年(1973年)に毛利氏萩藩重臣墓碑群が長門市史跡となり、1979年2月6日には境内も山口県の史跡に指定されている。
梵鐘
昭和58年(1983年)6月1日に長門市指定有形文化財(工芸品)の指定を受ける。高さは97.3センチで、銘文によると応永3年(1396年)に筑前国葦屋津(現在の福岡県芦屋町)で鋳造されている。
位牌
毛利元就が、大内義隆の七回忌供養時に祀った大内義隆他の位牌
詩碑
詩人・児玉花外が青海島をうたった詩碑がある(1960年建立)。

近隣情報

所在地

山口県長門市深川湯本1074

交通アクセス

その他

注釈・脚注

注釈

  1. ^ 異説については本文参照。
  2. ^ 弘忠が長門守護代となった永享年間(1429 - 1440年)とする説もある[2]
  3. ^ 『澄江寺誌』「安中坊系譜」知広註より大江知広寄進状。長州豊東郡厚母郷(山口県下関市豊浦町大字厚母郷)十石の地。大内政弘が便宜を図ったものである。
  4. ^ 曹洞宗太祖。城満寺永光寺總持寺開山。
  5. ^ 總持寺第2世
  6. ^ 總持寺5世、永澤寺開山、龍泉寺開山、總寧寺開山。
  7. ^ 大寧寺開山、泰雲寺(山口)開山、福昌寺開山、妙円寺開山。
  8. ^ 泰雲寺2世
  9. ^ 福昌寺2世、龍文寺(山口)開山。
  10. ^ 龍文寺3世、保安寺(山口)開山、鳳台寺(山形)開山、新福寺(山形)開山。
  11. ^ 龍文寺4世、瑠璃光寺開山、安楽寺(和歌山)開山、長谷寺(島根)開山、明窓寺(島根)開山、豊龍寺(山口)開山、鳳台寺2世。
  12. ^ 瑠璃光寺2世
  13. ^ 龍昌寺(福岡)開山、天寧寺(福岡)開山。
  14. ^ 大円寺開山、東光寺開山。
  15. ^ 周防玉雲寺・明峰寺、肥前竜雲寺、壱岐華光寺開山
  16. ^ 大寧寺にたどり着いた義隆は、岩に兜を置き、池の水に姿を写して髪の乱れを整えようとしたが、水面に自らが映らないのを見て命運尽きたのを悟ったと伝わる(現地説明板)
  17. ^ 義隆の家臣のみならず、大寧寺の変に巻き込まれた三条公頼公家たちの墓所ともなっている。

脚注

  1. ^ 初代住職 没後600年で法要長門・大寧寺 華やか稚児行列
  2. ^ a b c d e f g 利重忠「大寧寺」『西日本文化』316号 西日本文化協会 1995年11月 pp.31-34.
  3. ^ 開山・開基については大寧寺サイトの「概要」「大寧寺ものがたり」による(2010年8月22日閲覧)
  4. ^ 衆寮とは - コトバンク

外部リンク




大寧寺と同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「大寧寺」の関連用語

大寧寺のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



大寧寺のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
防府市教育委員会防府市教育委員会
Copyright 2025,Hofu Virtual Site Museum,Japan
中経出版中経出版
Copyright (C) 2025 Chukei Publishing Company. All Rights Reserved.
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの大寧寺 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS