赤外線銀河
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/05 00:56 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動赤外線による天体の観測は、1800年にウィリアム・ハーシェルが赤外線を発見[25]したことに始まる。ハーシェルは太陽光線の中に赤外線を発見したのである。しかし、感度の良い赤外線検出器がなかったため、しばらくの間は惑星や明るい恒星の赤外線を検出することにとどまっていた。しかし、1961年、フランク・J・ローが従来の検出器より桁違いに感度の良いゲルマニウムボロメータを開発する。そして、その後さまざまな材料を利用した性能の良い検出器が開発された。1980年代になると、この検出器を並べて、観測結果を2次元イメージで記録することができるアレイ検出器が開発され、これは赤外線天文衛星にも搭載されるようになった。1983年のIRASでは62個の検出素子を並べたアレイ検出器が用いられ[26]、2006年の赤外線天文衛星あかり(日本)では、256×256および512×412のアレイ検出器が用いられている[27]。
一方、赤外線で掃天観測する試みは1960年代半ばから行われ、ウィルソン山天文台で方鉛鉱を用いた赤外線検出器で全天の約75%の掃天を行ったのが始めである。この時、可視光線ではほとんど見えないが、赤外線で輝く比較的温度の低い恒星を数多く発見した。その後、様々な観測により、我々の銀河系を含む多くの銀河の中心、クェーサーや活動銀河が赤外線を強く発していることも発見された[28]。
地上の望遠鏡からの観測に加えて、弾道飛行をするロケット、気球、飛行機などによる高高度での赤外線による観測も行われた。地上からの観測をする場合、大気中の水蒸気が宇宙からの赤外線を吸収するし、大気自身も赤外線を発しているので、観測の邪魔になるからである。10μm付近の波長は大気を通過してくる(大気の窓)のだが、25μmから600μmの波長域は地上から観測できない[29]。
さらに効果的な観測をするために、1970年代には地球周回軌道に赤外線観測機器を置くことが検討されるようになる。1983年にはアメリカ、オランダ、イギリスの共同計画としてIRASが打ち上げられ、1983年1月25日から11月22日まで[30]の約10か月[31]の活動期間の間に赤外線銀河を含むさまざまな赤外線発生源を多数発見した。この観測結果のうち、赤外線銀河に関するものは、例えば、RGBSサンプル(THE IRAS REVISED BRIGHT GALAXY SAMPLE)としてまとめられている[32]。その後、1995年のISO(欧州宇宙機関)などのさまざまな赤外線観測衛星が打ち上げられ、赤外線銀河についても観測が続けられている。日本でも2006年にあかり(ASTRO-F, JAXA)を打ち上げ、2011年まで観測を行った。
赤外線の放射に特徴があるとはいえ、赤外線銀河の観測は赤外線のみならずさまざまな波長の電磁波をつかって行われている。例えば、スピッツァー宇宙望遠鏡に関連したプロジェクトとして、銀河近傍にある202のさまざまなタイプの赤外線銀河および超高光度赤外線銀河を選び、スピッツァー宇宙望遠鏡(赤外線)、チャンドラ(X線)、ハッブル宇宙望遠鏡(可視光、赤外線、紫外線)、GALEX(紫外線)、その他地上望遠鏡を使用した総合的な観測結果が集められ、GOALSサンプルとしてまとめられている。
赤外線発生のしくみ
赤外線銀河の研究において最も重要なテーマは、赤外線のエネルギー源とそのエネルギーが赤外線として放射されるメカニズムを特定することである。観測される赤外線そのものは分子ガスや星間ダストから発せられていることは確かで、1970年代の初期には、すでに赤外線が星間ダストの熱放射であることが提唱されていた[33]。問題は、分子ガスや星間ダストを暖めるエネルギー源が何なのか、ということである。エネルギー源として考えられているものは2つあり、ひとつはスターバーストとよばれる新しい星の生成過程が盛んに進行している状態である。もうひとつは銀河の中心にある巨大ブラックホール(活動銀河核またはAGN)の働きによるものである。赤外線放射モデルを検討した結果によれば、100 - 200μmの放射は通常の星によって暖められたダストからの放射赤外線であり、赤外線銀河に放射エネルギー強度のピークが見られる60μm付近の放射は、スターバーストにより暖められたダストによるものである。セイファート銀河の高温部などにピークが観察される25μmあたりの放射は、活動銀河核(AGN)が直接ダストを暖めているものによると考えられている[34]。
赤外線光度の低い赤外線銀河の場合は、おもに星生成(スターバースト)がおもな エネルギー源とされている[35]。赤外線光度が大きくなるに従いAGNが存在する割合が大きくなり、超高光度赤外線銀河の場合にはAGNの寄与が大きいと考えられている。これは、多くの超高光度赤外線銀河の場合に、(1) 可視光でAGNの特徴が観測できる、(2) 赤外線放射が核に集中して温度も高い[36]、(3) 星生成過程だけでは放射エネルギーの強さを説明できない[37]、という理由による[38]。
いずれの場合にしても、複数の銀河が接近し、衝突・合体する過程が赤外線の放射と関係していることは確からしい。銀河の分子ガスやダストは通常の状態では、安定した軌道を描いて運動しながら銀河内に分布している。そして、銀河同士が近づくと、その相互作用の影響で分子ガス・ダストがかき乱され、濃度の高いところが生じる。濃度の高い領域では多くの星が生成される。または、軌道を乱された分子ガス・ダストは角運動量を失い銀河の中心に落ち込んで行く。そのため、通常より多くの物質が流れ込むので、スターバーストにしろ、AGNにしろ、銀河中心付近でその活動がより盛んになる。このようにして発生したエネルギーで、銀河の分子ガス・ダストが暖められ、それが赤外線を再放射するのである。
エネルギー源の特定
星生成過程から発せられる光と、AGNから発せられる光では、発生の仕組みが違うので輝線強度比を観測すれば容易に区別できる。しかし、これはAGNからの可視光線が直接観測できればそこにAGNが存在することがわかるというだけで、可視光線による分光観測でAGNの特徴が見られないからといって、そこにAGNが無いとは限らない。AGNがダストに埋もれていればAGNからの可視光線が観測できないので、AGNの特徴を示さないからである。特に超高光度赤外線銀河の場合はエネルギー源と目される核が大きく、しかもダストに隠されていることが多いので、そこで何が起こっているか特定するのは難しい。しかし、対象の赤外線銀河のエネルギー源は、放射されている赤外線のスペクトルや他の波長域の電磁波のスペクトルを調べることによって推測することができる。例えば、次のような方法がある[39]。
それは星間に存在するPAH(芳香族炭化水素)からの放射を利用する方法である。通常の星生成領域では、星からの紫外線によりPAHが励起され、いくつかの特定の波長の赤外線を放射する。その中でも、特に波長3.3μmの赤外線は星間ダストの中をよく通過するので、この波長を観測することにより星の生成が起こっているらしいことが分かる。一方でAGNの場合、そこでは紫外線も放射されているが、強力なX線も放射されているので、X線によりPAHが破壊されてしまう。AGNから離れたところではX線が到達しないが、その領域では紫外線も到達ないためPAHが励起しない。つまりAGNの周りではPAHが励起する機会が無く、そのため特定の赤外線を放射していない。波長3.3μmで観測した場合、この波長でピークが観察できれば、それは星生成が行われていることが推測され、このピークがなければAGNがエネルギー源となっていることが推測される。
ただし、例えば、シリケイト系星間ダストは波長9.7μmをよく吸収するが、この吸収が顕著に現れた場合、波長3.3μmあたりの部分が取り残されてピークのように見える場合がある。このようになると、星生成が起こっているのか、AGNが活動しているか紛らわしい。このような場合もあるので、波長3.3μmの観測によるだけで確実に決定できるわけではない。赤外線の他の波長域、あるいはX線や電波など、他の波長域の観測結果も合わせて検証される。
宇宙や銀河の歴史と赤外線銀河
マーフィらの結論[40]によれば、複数の銀河の衝突・一体化が進む課程のなかで、銀河の光度は一定でない。衝突初期の段階と一体化の末期の段階で明るく輝き、超高光度赤外線銀河の光度に達する。しかし、その間の長い期間では比較的光度が低く、赤外線銀河の光度で輝く。一体化の最初の段階では、おそらくディスクの内側部分のガスが銀河の中心に落ち込み、強く輝くのである。銀河中心の活動が盛んになると、外側への圧力が強まり、銀河中心へのガスの供給が止まる。その後、一体化が十分進んだ後、残ったガスの量が十分であるか、または随伴銀河が飲み込まれることで、再度銀河中心へのガスの供給が始まり、超高光度赤外線銀河として輝くことになるのである[40]。
超高光度赤外線銀河は、その後楕円銀河に発達するといわれている。これは、楕円銀河もやはり銀河同士の衝突・一体化によっ形成されたということが考えられている[41]からである。超高光度赤外線銀河と楕円銀河を比較すると、楕円銀河の中でも、中型サイズで回転している(小さな核をもち、扁平な形状のもの)種類の楕円銀河とよく似た特徴を持つ。そのため、超高光度赤外線銀河はこの種類の楕円銀河へ発達していくと考えられる[42]。あるいは超高光度赤外線銀河は、その後クエーサーに発達するとも言われている[43]。超高光度赤外線銀河の中にしばしば見つかるAGNの中には、クエーサーに匹敵するエネルギーを発しているものがある。そのため、例えば内部からの放射の圧力や、超新星風で銀河の周辺のガスやダストが吹き飛ばされると、それがクエーサーとして観察されるのかもしれない、という推定が根拠になっている。しかし、クエーサーと超高光度赤外線銀河を比較すると超高光度赤外線銀河はサイズが小さく、銀河内の物質の速度分布が異なり、超高光度赤外線銀が発達してもクエーサーにはなりそうにはなく、むしろ超高光度赤外線銀河は硬X線銀河や、X線を発する早期型銀河[44]に似た特徴を持っている[45]。
遠方の赤外線銀河を観測することで、昔の宇宙の状態を推し量ることができる。昔の宇宙では星の生成がいまより盛んだったらしい。エルバスらの研究によれば、赤方偏移の量でz
- 天文学者ホハルトン・アープが1966年に発表した特異銀河のカタログ『Atlas of Peculiar Galaxies』の220番目の銀河である。IRAS以前にも、電波を比較的強く発していることか知られていた。しかし、IRASの観測で赤外線を非常に強く放射していることが分かり[49]、注目されるようになった。可視光ではかすかに二重の渦巻きのようなものが観測されることに加え、さまざまな波長により観察されるその形態や2つの核から、2つの銀河が合体しつつある状態と従来から考えられていた[50]が、近年では4つないしそれ以上の銀河が合体した結果ではないかとも言われている[51]。銀河系に最も近い超高光度赤外線銀河で(z=0.018、77 Mpc)、光度の95%以上を赤外線で放射しており、その明るさは太陽の約1.3×1012倍。また、X線による観測結果から、Arp 220は活動銀河核を持っており、放射される赤外線の大きな部分が活動銀河核からのエネルギーに由来していると言われる[52]。
- VV340
- 2つの渦巻銀河のペア(以下、横を向いている方を VV340N 、渦巻きが見える方を VV340S と記す)で、互いに接近しつつある段階にある。赤外線光度は1011.67
- 9.7μmのシリケイトの吸収が強く出ていることでよく知られている[54]。赤外線光度は1011.08