越中富山の薬売り。江戸時代から全国津々浦々を巡り、こどもたちに紙風船や錦絵を配り、配置薬のうちの、使った分だけお金を頂き、新しい薬を補充して次の家に行きます。
幕府の隠密さえ生きて出られなかったという薩摩藩にも、越中の薬売りは出入りが許されていました。薬売りを束ねる越中の薬種問屋、そして薩摩藩は、密貿易という決して表に出せないつながりで結びついていたからです。
北海道ー越中ー薩摩ー琉球、そして中国。この密貿易ルートで薩摩藩は昆布を売った膨大な利益で窮状を脱しただけでなく、経済的な基盤を得ることで、幕末の討幕へ向かう歴史の主人公になりました。
一方で、北海道から薩摩までのルートを差配した富山の薬種問屋と廻船問屋は、密貿易を通じてさまざまな漢方薬原料を得ることで、全国に配置する膨大な製薬を成り立たせました。
明治維新につながった、陰の歴史です。
明治維新という歴史の大転換を、幕末のプロローグから西南戦争後まで、一人の薬売りの視点から描いたのが「潮音」(宮本輝、文藝春秋)です。
宮本さん、初めての歴史小説。そして全4巻の大作です。1月に第1巻、以降4月まで毎月1冊刊行される予定。第1巻は越中、薩摩、京都にと舞台が移ります。
歴史小説といっても、よく知られた幕末や維新のヒーローが主人公ではなく、同時代を生きた一人の薬売りの生き様を通し、激動の時代が小説として彫刻されます。普通の人を描いて沁みる小説を綴ってきた、宮本さんらしいなあ。
単なる時代考証を超えて、調べ尽くし、小説家としての分析と感性を踏まえた作家の歴史解釈が随所に生きています。そんな大きな視点の一方、早朝の霧の中で主人公の川向こうに立っていた貧しい山の民の少女がいたり。やがて女衒に売られ、行方知れずになる少女が気にかかって仕方ない...。
第2巻以降が楽しみです。
たまたまですがこの作品の構想、執筆前に次のテーマとして宮本さんから聞いていました。いまは仕事の関係でお会いすることもありませんが、「文學界」連載中から気にしていた。(文芸誌を定期購読する習慣がないので、図書館の拾い読み程度なんですけど^^;)
いよいよ単行本としての刊行。てるせんせい、おめでとうございます。今回も感服しております!。