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富岳は「世界一のスーパーコンピューター」として華々しくデビューした。開発プロジェクトを率いたのはソフトウエアの研究者である石川裕だ。京の100倍の実行性能を達成する一方で貫いた理想があった。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて理化学研究所のスーパーコンピューター富岳の運用が1年前倒しで始まった。新型コロナと戦うため急きょ研究者に提供を開始した富岳だが、2020年7月に早速、京都大学の研究チームが治療薬の候補物質を発見するなど成果を上げている。

 先代の京の理論性能を100倍上回るエクサスケールマシン(1秒間に10の18乗回の浮動小数点演算が可能なスパコン)の開発を目指す「フラッグシップ2020プロジェクト」は2014年4月に始まった。プロジェクトを率いたのが理研の石川裕だ。

(写真:菅野 勝男)
(写真:菅野 勝男)
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 石川は並列分散システムソフトウエアやクラスターシステムの研究者で、東京大学情報基盤センターに在籍していた。「特殊なものであってはならない。研究室で使っているシステム環境の延長線上にあるべきだ」。日ごろからスパコンに対してそんな信念を持っていたという。

若手研究者らと京の次を議論

 京の次を目指す取り組みの「源流」は京が完成する前の2010年に遡る。当時、東京大学情報基盤センター長の職にあった石川は、東大や京大、筑波大学などのスパコンの若手研究者に声をかけ、エクサスケールマシンの開発に向けたワークショップを開催した。自ら参加者を募り、自身もシステムソフトウエアのアドバイザーとして議論を進めた。

 「どのようなマシン像を描けばよいのか。その実現に向けてどんな研究開発をしていくべきか」。将来につながる場にしたいという思いから、自らも含めシニア世代はアドバイザーや座長に徹し、若手が中心になって議論を進められるようにした。

 1回目のワークショップを開催した2010年の段階では国からの予算がついておらず、研究者たちは「手弁当で」議論に参加した。ワークショップは2011年にかけて計6回に及び、京の次のスパコンのあるべき姿を徐々に具体化していった。石川は議論の成果を「HPCI技術ロードマップ白書」にまとめ文部科学省に提出した。

 2010年10月からは理研でシステムソフトウエア研究チームのチームリーダーも務め、京の性能向上を目指す研究に携わった。そして富岳のプロジェクトの準備室が立ち上がった2014年1月に、石川は室長に任命された。

 同年4月、晴れて富岳のプロジェクトリーダーに就任した石川は、プロジェクトを率いるとともに、研究者の一員として富岳のシステムやソフトウエアなどの開発に携わった。

 当初、石川は計算能力の大幅な向上と幅広いアプリケーションの利用を両立させる算段として、多数の演算コアを内蔵した「演算加速部」の導入を検討していた。だが予算の都合でかなわなかったという。