東京から約90分、別荘地としても知られる神奈川・葉山町。古民家のリノベーション事業などを手掛けるエンジョイワークスはこの地の古民家を再生し、新たなコミュニティーの場にするプロジェクトを進めている。そのための資金調達の手法として、一風変わったやり方を選んだ。それが「STO(セキュリティー・トークン・オファリング)」だ。
STOはブロックチェーンの応用例の1つで、企業や組織が「デジタル証券(セキュリティートークン、ST)」を発行して資金を調達することを指す。エンジョイワークスの例では、リノベーションした古民家の共有持ち分への出資を1口当たり5万円で募り、出資者に対してSTを発行する。
この仕組みを提供するのは、不動産情報サービス大手のLIFULL。STOの発行・管理を支援するSTOプラットフォームを提供するSecuritize Japanと協業で、エンジョイワークスのプロジェクトにおける「不動産STO」を実施する。LIFULLによれば、一般投資家向け不動産STOは国内初という。
STOを活用すると第三者への出資持ち分の譲渡が容易になるなど、出資者の利便性を高めるメリットが見込める。「資金調達の手法としてよく使われている不動産投資クラウドファンディングでは、投資後に自分の出資持ち分を二次流通(再販)させるのが難しく、一度投資をしたら基本的に権利を持ち続けなければいけない。この点が投資家にとってネックだった。STOではトークンを譲渡すればよいので、二次流通が容易になる」。LIFULLの松坂維大 不動産ファンド推進事業部ブロックチェーン推進グループ長はこう説明する。
改ざんしにくいブロックチェーンを利用するので、発行や譲渡などを安全に実行でき、第三者の保証がなくても自身の持ち分だと証明できるといった利点もある。LIFULLによる不動産STOに関する手続き・運用の開始は2021年1月を予定している。
安全かつ投資家が利用しやすい資金調達手法
STOに乗り出しているのはLIFULLだけではない。SBIホールディングスは20年10月9日、STO関連ビジネスを開始すると発表した。子会社のSBI e-SportsがSTOを用いた第三者割当増資を実施するほか、デジタル社債の公募取り扱いなどを検討している。
準大手証券の東海東京フィナンシャル・ホールディングスも同年7月、ST化した日本の不動産をシンガポールの取引所に上場させる実証実験を不動産開発のトーセイグループと実施すると発表。ほかにも証券会社を中心にSTOへの取り組みが相次いでいる。
STOに注目が集まるのは、安全かつ投資家が利用しやすい資金調達の手法となる可能性が高いからだ。
ブロックチェーンを使った資金調達方法として、昨今一世を風びしたのは「ICO(イニシャル・コイン・オファリング)」だろう。規制当局への登録が複雑で時間がかかるIPO(新規株式公開)に比べ、短期間で簡便に資金調達できる手段として、スタートアップ企業などを中心に注目を集めた。
だがICOは規制が緩く、資金の持ち逃げといった詐欺行為が横行した。「ICOは誰にでもトークンを譲渡でき、マネーロンダリングなどに使われやすい点が問題だった」と、日本セキュリティトークン協会の代表理事を務めるクニエの並木智之シニアマネージャーは指摘する。
ICOとSTOとの大きな違いは裏付け資産の有無である。ICOで用いる暗号資産(仮想通貨)はそれ自体が価値を持ち、企業などの発行体は独自にリターンを設定できる。これに対しSTOでは、不動産や債権など実在する資産に対する持ち分を証券化し、STとして発行する。「STOではホワイトリストを用意し、適格投資家だけに販売するようシステムで制限できる」(並木シニアマネージャー)。
法改正も追い風となった。20年5月に金融商品取引法(金商法)が改正され、STは「電子記録移転権利」として有価証券と同等に扱うことを明確にした。発行体と証券会社それぞれに開示などの義務を課し、規制の下に置く。ICOに比べ、投資家が詐欺などに遭うリスクを低くしている。