音楽チャートで有名なオリコンが,「オリコンのチャートは操作可能だ」とコメントしたジャーナリスト個人を訴えている事件は以前お伝えした。この問題は,IT Pro Watcher(特にその著者陣)にも大きな影響があるので,Windowsと直接の関係はないが継続的に取り上げて行きたい。読みたくない人は飛ばして欲しい。

 1月13日(日曜日)14時から,新宿歌舞伎町の「ロフト・プラスワン」でトークセッションが開かれた。テーマは「オリコンの訴訟テロによる批判封じについて」で,出演したのは訴えられた当人である烏賀陽弘道氏(ジャーナリスト),発端となった記事を掲載した「サイゾー」編集長の揖斐憲氏,武富士訴訟で勝訴した三宅勝久氏(ジャーナリスト)で,司会は岩本太郎氏(ジャーナリスト)だった。トークセッションに参加して,問題点も整理できたので,IT Pro Watcherに関係する部分に絞って書く。

 今回の訴訟のポイントは2点ある。1つは,オリコンのチャートが本当に操作可能で不確実なものであるかどうか。もう1つは,ジャーナリストとはいえ,取材に対するコメントへの訴訟が成立するかどうかである。IT Pro Watcherに影響があるのは後者の方だ。

 通常,雑誌記事というのは編集部と著者の両方に責任がある。1998年,IDGジャパンの月刊「Windows NT World」(現Windows Server World)にActive Directoryの原稿を書いたことがある。当時Windows NT 5.0(後のWindows 2000)は,公開ベータ・プログラムが実施される前であった。ちょっと複雑な経緯で,Windows NT 5.0のベータ版を持っていたので,それを基に特集記事を書いた。編集長に「これ,NDA(守秘義務契約)を結ばないで入手したベータ版なんですけど,本当に記事にして大丈夫ですか」と尋ねたところ「すべての責任は編集部にあるから大丈夫」と言われた。

 もし,オリコン訴訟が,訴訟として成立するのであれば(現時点では成立している),この時,私自身がマイクロソフトから訴えられていたかもしれない。NDAを交わした記憶はないが,ドキュメントには「Confidential」の文字がどこかにあったかもしれない(訴訟対策ではなく,本当に覚えていない)。

 仮に,私個人が訴えられたとしよう。この場合,編集部は裁判に直接関わることができない。裁判費用を提供してもらったら,私に贈与税がかかるかもしれない。出版社は「不要な支出」として株主に訴えられるかもしれない。

 訴訟そのものは誰にでもできる。弁護士を立てる必要もない。裁判を起こすことは,紛争解決の手段として国民に広く開放されている。しかし,弁護士なしに裁判を進めて行くのは,不可能ではないにしても非常に難しい。ニュースになるくらいだ。そして,弁護士費用は裁判に勝っても負けても(額は変わるようだが)必要になる。実際に訴えることができるのは,大企業に限られるだろう。

 それでも,自分の署名記事ならまだ責任もある。しかし,今回の裁判は取材に対するコメントであり,記事全体のごく一部である。これで訴えられるということは,大企業に否定的なコメントはすべて訴訟リスクを負うということだ。しかも,個人が訴えられたら編集部は直接手出しができないため,誰からも守ってもらえない。特に費用面でのダメージは大きい。

 烏賀陽氏は,こうした訴訟を「テロ行為」だと呼ぶ。発言に対して,反論を掲載し,謝罪と訂正を要求するのが正規の手続きだとしたら,いきなり訴訟に持ち込むのはまさにテロ行為である。このような行為が許されるのであれば,大企業に否定的なコメントは誰もしなくなる。ジャーナリズムの危機である。にもかかわらず,既存メディアの動きは極めて鈍い。訴訟の行方も気になるが,マスコミの鈍感さはもっと気になる。

 2月13日には,東京地裁で第1回口頭弁論が開催される。ぜひ傍聴したいと思う。