アベノミクスによる株高と円安で、中間層は沸き上がっている。だが、輸出数量が減少し続ける中で、物価が上昇する景気の現況は、経済の教科書にある「スタグフレーション」そのものだ。人気エコノミスト、藻谷俊介スフィンクス・インベストメント・リサーチ代表が、日銀と安倍政権の「連携」を憂う。

(聞き手は金田信一郎)

日本銀行の新総裁に黒田東彦氏が就任しましたが、2%の物価上昇率を達成することを約束させられる格好になりました。そもそも、日銀総裁は、就任当初からこれほど金融政策を縛られるものなのでしょうか。

売れないのに値段が上がる

藻谷:その約束させられたことを、張り切ってやっているような感じがします。この人もなかなかフレキシブルな人だな、と思いました。

藻谷 俊介(もたに・しゅんすけ)氏
スフィンクス・インベストメント・リサーチ代表取締役エコノミスト。1962年生まれ。85年東京大学教養学部卒業。住友銀行、ドイツ銀証券をへて96年に独立。日経ヴェリタス「人気アナリストランキング」の常連

 自我を強く持った人ですと、他人から横やりを入れられることを好まないものです。ある程度の要望を言われて仕事を受けたとしても、「過剰サービス」だと思ってしまいます。報道を通して見ているだけですが、黒田さんはハッスルしているみたいで、それが少し気になりますね。

 とにかく「常識人」としてやってほしい。(金融緩和を)やめる、やめないという判断について、(安倍晋三首相の)期待に応えることをベースにするのでなくて、黒田さんが専門家として、自分で考えて決めてほしい。当たり前のことなのですが、本当にそれができるのか、報道を見ていると不安になります。

安倍首相は日銀との連携を強化すると言っています。でも、つい10年ほど前には、「日銀の独立性が重要だ」と議論されていました。中央銀行の独立性を強化するという話はどこに行ってしまったのでしょうか。

藻谷:時代と状況が変わったんでしょうかね。でも、中央銀行の独立性は、今のような状況こそ必要なんです。

 政府は「景気をよくしたい」「中央銀行にカネを刷らせたい」と思っている。それに対して、中央銀行が金融政策の専門家集団として、違った意見を持って臨むことが重要です。これはバブル経済の反省から生まれた議論でした。しかし、今では「バブルを作ったっていいじゃないか」という雰囲気になっている。黒田さんも、「これをバブルと言われても、私は構わない」と実は思っているんじゃないか。

 景気について言えば、経済データは、実はよくないんですよ。特に気になるのは、輸出数量が毎月のように減っていることです。ただ、25%も円安になったおかげで、輸出は金額ベースで大幅に手取りが増えている。でも、数量が減っているのだから、国際競争に負けているということです。

 だから、なぜエコノミストが指摘しないのか不思議なんですけど、これこそが「スタグフレーション」なんですよ。

あの、社会の教科書に載っていたヤツですね。

藻谷:だって、販売数量が減っているのに、物価が上がるんですから。今こそ「スタグフレーションの状態だ」と言わなければならない。でも、言わない。どう見ても、今こそ「スタグフレーション」に一番近い状態です。だとすれば、こういう状況下で株と地価だけが上がるとすれば、まさに「バブル」でしょう。今こそ、中央銀行の独立性が、本当は必要な時なんです。

現代の建艦競争

この状況を日銀が放置すると、どうなるんでしょうか。

藻谷:かつての建艦競争を思い出しますね。軍事力の優劣を決するのは、軍艦の数だとされて、各国が建艦計画を競っていく。その結果、「あっちが造るなら、こっちも」と無益な国際競争に巻き込まれてしまう。

 現代の通貨戦争においては、カネを刷って金融緩和をする国際的な競争が起きています。でも、無益であるばかりか、害が出てくる。だって、カネばかり刷っていても、世界の需要はそれほど伸びていませんから。リーマンショック前まで、米国は3.5~4%の成長率で推移し、中国は10%成長を続けていた。しかし、当時と今では、需要の伸び率が全然違うわけです。それなのに、当時を上回るようなお札の刷り方をしていたら、全人類が不利益を被るようなインフレが発生する危険が高まる。それなのに、やめようとしない。それどころか、日本がその流れを助長するようなことをしている。それが、建艦競争の後の破滅を予感させます。

 タイミングが悪いことに、キプロスの財政危機という問題が浮上して、ECB(欧州中央銀行)も建艦競争に参加する理由ができてしまった。そこにもってきて米国のQE3(量的緩和第3弾)が本格的に始動して、マネタリーベースの伸び方がぐっと上がってきています。

 そこで、黒田さんは早速、金融政策決定会合でまた供給を増やそうとしている。考えられる理由は、「米国がまた始めたから」としか言いようがないんですよ。

 これまでは、日銀の方が(米連邦準備理事会より)ペースが速かったけど、今はマネタリーベースで見ても、(中央銀行の)バランスシートで見ても、連銀の方が勢いがあります。すべて黒田さんに責任を押しつけることはできないけれど、ここは中央銀行としての良識を見せないといけません。

しかし、黒田総裁と日銀は「建艦競争」に負けじと、金融緩和の手を次々と打ってきます。

藻谷:中国人民銀行も困っていると思いますよ。日本と米国は「ゲームで勝とう」と思って必死になっているけど、巻き添えを食って付き合わされる側はたまったものではありません。だから、ECBも辛いでしょうね。

 中国はどうするのか。為替をコントロールしている国ですから、すぐに通貨が動いてしまうわけではありませんが、それでも強い「元高プレッシャー」に直面します。悩ましいのは、最近になって中国の地価がまた上がり始めていること。バブルが起きることを嫌うなら、元を高くするしかない――。そういう選択を突きつけられている状況です。先進国がカネを刷りまくることによるインフレの危険は、我々よりも中国などの新興国の方が深刻でしょう。

 そう考えると、金融緩和競争は、本当に建艦競争に似ている。誰にとっても利益にならないし、明らかにリスクを高めています。でも、止めようと思っても、誰にも止められない。そういう意味で、すごく類似性が高い。

 そこに、「どんどん軍艦を造るぞ」と言っている人を総裁に選んだ国が出てきた。「イケイケ」という雰囲気が止められなくなっている。

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