世界への突破口になるか、福島沖の「浮体式洋上風力」
福島県の沖合約20kmの太平洋上に、2013年以降、巨大な風力発電設備が次々とお目見えする。東日本大震災で事故のあった東京電力福島第1原子力発電所からも30kmほどの距離になる。まず、2013年に2000kW、2014年に7000kW、2015年には数千kWクラスの風車を順次、設置する。総事業費は188億円。東日本大震災復興関連の2011年度第3次補正予算で開始が決まった「浮体洋上ウインドファーム実証研究事業」だ。
浮体洋上ウインドファームとは、海の上に多数の巨大な風力発電設備を浮かべて発電し、海底ケーブルで陸上に電力を送る大規模風力発電所である。洋上風力発電の設備は英国とデンマークで設置が進みつつあるが、これらはいずれも海底に基礎を据える「着床式」。これに対して、福島沖の事業では「浮体式」を採用する。
理由は水深の違いである。コスト的に着床式で設置可能なのは、水深40mくらいまでといわれる。欧州では水深20m前後の遠浅の海域が広く、着床式が有利なのだ。一方、40mより深くなると、船や浮きのような構造物の上に風車を載せる浮体式の方がコスト的に有利になっていく。福島沖20kmの水深は、100m前後にも達する。このため、計画立案の当初から着床式という選択肢はなく、浮体式を選ぶしかなかった。
世界最大の出力を浮体で
ただし、浮体式の風力発電は、数年前からイタリアやノルウェー、ポルトガルで1000kW~2300kW機の実証実験が始まったばかりである。世界的にもまだ研究段階の技術といえる。しかも今回の福島沖の実証事業は、7000kWという世界最大の風力発電設備を次世代技術である浮体式で設置するという世界初の試みになる。
羽根(ブレード)の先端が回転して描く円の直径は165mに達し、定格出力が出れば、1基で数千世帯の電力を賄える。成功すれば、洋上風力の先端技術の実証で日本が欧州を抜き、一気に世界をリードすることになる。加えて、経済性を確保できれば、この海域で大規模なウインドファームを事業化する構想もある。
2012年7月に始まる再生可能エネルギーの「固定価格買取制度」では、数千枚もの太陽光パネルをずらりと並べて発電するメガソーラー(大規模太陽光発電所)が脚光を浴びている。しかし巨大洋上風車なら、たった1基で数MW(メガワット=1000kW)クラスの出力規模になる。仮に、これを1000基並べたウインドファームを建設すれば、数GW(キガワット=百万kW)になり、30~40%とされる設備利用率を加味しても、原発に匹敵する出力規模になる。
国内の再生可能エネルギーの中では、潜在的な開発可能量でも洋上風力は群を抜いている。環境省が2011年4月に公表した「再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査」によると、洋上風力は16億kWに達し、陸上風力(2億8000万kW)、非住宅太陽光(1億5000万kW)、地熱(1400万kW)を大きく引き離す。
もちろんこの数値はあくまで技術的に開発可能な量で、経済性を十分に加味したものではない。しかし、発電技術の低コスト化が軌道に乗れば、洋上風力が再生可能エネルギーの本命になる潜在性を示す。経済産業省・新エネルギー対策課の村上敬亮課長は、「再生可能エネルギーを基幹電源の1つにするには、まず電力系統を強化して北海道と東北で陸上風力を十分に開発すること。その次に、洋上風力を大規模に開発する必要がある。固定価格買取制度でまず太陽光が増えるが、量的に確実に計算できるのは風力」と話す。
村上課長は日本企業のノウハウにも期待する。「洋上風力、特に浮体式洋上風力は、世界的にまだ技術が確立していない。洋上に浮かぶ浮体式には、造船の技術が応用できる。日本メーカーには風車の技術に加え、造船や、海洋の厳しい環境にも適応できる素材技術などを豊富に保有している。浮体風力でいち早く世界トップの技術を確立できれば、今後成長が予想される世界の洋上風力市場でも活躍できる。裾野の広い風力設備は国内産業にも波及効果が大きい」と話す。
福島沖の実証事業を統括するのは、海外の発電事業で豊富な実績のある丸紅。そして、メーカーには、大型風力と造船の両技術を持つ三菱重工業のほか、日立製作所、新日本製鉄、アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド、古河電気工業、清水建設など、日本の重工業や素材産業を代表する企業が名を連ねる。まさにオールジャパン体制だ。
欧州でもノウハウを蓄積
実は、丸紅と三菱重工は、既に欧州の洋上風力発電事業に積極的に参画している。
丸紅は2011年11月、日本企業として初めて英国沖の洋上風力発電事業に出資した。2012年3月には英国の洋上風力発電設備の据え付け会社であるシージャックス社を買収した(図1)。丸紅の山本毅嗣・海外電力プロジェクト第一部新規事業チーム長は、「洋上風力設備の設置で、ボトルネックになっているのは洋上で設備を据え付ける特殊船が少ないこと。シージャックス社は特殊船を複数所有し、海上での据え付け技術が高い」と話す。
丸紅は「今後、欧州で蓄積したノウハウを、洋上風力の導入が見込まれる北米や日本、アジアで生かし、洋上風力事業を世界的に展開する」(山本チーム長)計画だ。福島沖の実証事業はその第一歩となる。
三菱重工業は、英電力会社の協力を得て、洋上向け7000kWの大型風力発電設備を開発中で、英国沖の洋上風力発電事業への設備納入を目指している(図2)。
風力発電ではブレード(羽根)を長くして出力を増やすほど、1kW当たりの発電コストが安くなる。陸上風力ではブレード運搬の都合から、2000kWが限界だが、船で運べる洋上ではさらなる大型化が可能になる。このため、ドイツのシーメンス社やデンマークのヴェスタス社、フランスのアルストム社など風力発電設備大手はこぞって、6000~7000kWの洋上向け大型風力発電設備の開発を急いでいる。
ところが、各社が共通して悩んでいるポイントがある。それは、長いブレードが発する巨大な回転力をどのように発電機に伝えるかである。まず、ブレードの軸につないで回転数を変換し発電機に伝える歯車(増速機)に強烈な力が加わるため、耐久性に課題が出てくる。それを避けるには、いわゆる同期発電機を使えばよい。低回転数のまま発電でき、歯車が不要になるからだ。しかしここにも問題がある。同期発電機に組み込む永久磁石にはレアアースを多用するため、コストがかさんでしまうのだ。
そこで三菱重工が製品化を目指しているのが、ブレードの回転力を油圧で発電機に伝える油圧式洋上風車である。油圧式なら歯車は不要で、通常の誘導発電機が使えるのでコストも下がり、将来的には1万kWの大型風車も可能になる。この技術は、英ベンチャーのアルテミス社が開発し、特許を持っていた。三菱重工は2010年12月に同ベンチャーを約20億円で買収し、独自技術として手に入れた。2012年8月にはこの油圧伝達技術を導入した2400kW機を横浜の自社工場内に稼働させ、2013年には7000kW機を英国の海岸に着床式で設置、実証運転する計画だ。そして、いよいよ2014年にはその成果も踏まえ、福島沖に浮体式の7000kW機を設置する。
震災後に計画を前倒し
もともと経済産業省は、まず2012年から千葉県銚子沖で着床式の2400kW機を実証し、5年後くらいに浮体式の実証事業を想定していた。環境省は2013年から長崎県五島市沖に2000kW機を浮体式で設置する実証事業を進めているが、商品として競争力のある6000kW~7000kW機を設置する計画はなかった。震災の復興予算によって、浮体式7000kW機での洋上風力の実証が数年早まることになった。三菱重工と丸紅が、欧州企業を買収し、積極的に洋上風力のノウハウを蓄積していたことが、この前倒しを可能にした。
浮体式洋上風力を巡っては、メーカー間の開発競争と並行して、国際標準化でもすでに各国がつばぜり合いを演じている。風力発電設備は、陸上と着床式洋上に関しては、欧州がリードしつつIEC(国際電気標準会議)で国際標準が決まっている。そんななか、2010年3月に韓国が「浮体式」の国際標準化をIECに提案、これを受けてサブグループが設置され、2011年9月から韓国がリードする形で議論が進んでいる。
こうした国際標準を巡る動きや、福島沖の実証事業で浮体式洋上風力の実用化が予想より早まってきたことから、国土交通省が主体となって、日本でも2011年度に専門家による委員会が設置され、浮体式洋上風力設備の安全確保のための技術を検討し始めた。そして2012年4月、技術基準を作成した。船舶安全法に基づき構造や設備の要件を定めたものだ。福島沖の実証事業にも適用し、IECでの国際標準化にも積極的に関与する方針だ。
このように再生可能エネルギーの"本命"として、洋上風力発電設備の開発競争、標準化争いが活発になっている。着床式洋上までの風力発電技術は、欧州企業がリードしてきた。実際、英国沖ウインドファームで回る3000kWの着床式風車は、シーメンスとヴェスタスがシェアを分けている。福島沖で実証する浮体式設備をきっかけに、日本が一気に世界をリードできるか。日本の重工業の底力が試される。
(日経BPクリーンテック研究所 金子憲治)