(執筆途中の作品であり、今後内容を変更する可能性があります。)
熱したフライパンに、ネギ油。鮭のマリネ、鳥のもも肉。菜箸で砕いて、転がす。色と香りが美味しそうになるのを待ってから、生姜、生卵、一晩置いたご飯。杓文字で崩して、よく混ぜながら炒める。仕上げに、塩、レタス、ニラ。全体がパラパラになったら、完成。
Me: Hey, dinner's ready. Are you coming soon? (ねえ、夕飯できたよ。もうすぐ来れる?)
Satoshi is typing... (サトシが入力中……)
やった。即レス。
Satoshi: I’m on the bus and will be there in a few minutes (いまバス。もうすぐそっち行くよ)
画面にそう表示されたのを見て、私は炒飯をフライパンから二枚のお皿に盛り付けて、テーブルに並べた。
調理台の引き出しから、日本で買ったステンレス製のレンゲと箸のセット二組を、炒飯皿の手前にセット。
Satoshi: I’m here (着いたよ)
「いま開けるね!」
私は急いで玄関に行くと、ドアの覗き穴からサトシの姿を確認して、ロックを解除、ドアを開けて彼を迎え入れた。
「やあ、いつもありがとう」
変わらぬ笑顔でそう言う彼の息が白くなった。
「寒かったでしょう。いまお茶入れるね」
「助かるよ」
そう言う彼の背中から上着を剥がし、ドアの脇の壁のフックに掛け、私はそそくさとダイニング・キッチンに戻った。
「美味しそうだな」
「美味しいよ。早く食べよ」
私はそう言いながら、ポーレイ茶のティーバッグをカップに落とし、電気ポットのお湯を注いだ。サトシがプーアル茶と呼んで憚らないこれは、彼のお気に入り。そして、私のお気に入りでもある。
「いただきます」
「いただきます」
食事の前に『いただきます』と唱える日本の習慣が私は好きで、サトシと一緒に食べるときはいつもこうして唱えることにしている。この素敵な言葉は、『I will eat (私は食べます)』と『I will receive (私は受け取ります)』のダブルミーニングになってるのだと、いつかサトシが教えてくれた。『Receive what?』(なにを受け取るの?)といえば、『The blessings of Nature』(大自然の恵み)だと言うから、いっそう素敵。彼は普段は唱えないで黙って食べるそうだけど、私といっしょのときは合わせて唱えてくれる。
私が律儀に「いただきます」と唱えるのが、女性らしくて可愛いと、いつか彼は言ってくれた。
「どう? 美味しい?」
一口食べて、我ながら上出来だ、と私は思った。サトシの口にもきっと合う。
「すごく美味しいよ。いつも美味しいけど、いつも以上に」
良かった。サトシはいつも、美味しい、美味しい、と、私の作るものならなんでも食べてくれる。それも、本当に美味しそうに食べるのだから、こんなに嬉しいことはない。
「ねえ、研究はどう? うまく行ってる?」
「順調だよ」
サトシは私が原子力のことはわからないって知ってるから、詳しい話はしてくれない。でも、ちょっとくらいは聞いてみたいと、その時思った。
「そうだね。今の原発よりも、高効率で、安全で、扱いやすい原発を作ってる」
「そう言うわけじゃないけどさ……」
まるで揚げ足取りみたいな返事をしてしまったことを、少し後悔したけど、私が言いなおす間も無く、サトシは続けた。
「原子核が分裂するときの熱エネルギーで水を沸騰させて、水蒸気でタービンを回転させて発電する」
このくらいは私だって知ってる。原子力発電というと何かものすごい、サイエンス・フィクションみたいな技術で電力を生成しているように聞こえるけど、結局は水蒸気でタービンを回して発電してる。火力発電といっしょ。
「そのとおり。現在の原子力発電では、ウラン235の連鎖的な核分裂で熱エネルギーを取り出し、タービンを回転させて電力を取り出している。この方法は、火力発電に比べても、格段に効率がいい」
まるで、『火力といっしょ』と思った私の心を見透かされたようで、ムカつくような、恥ずかしいような気持ちになった。
「効率が良いって、どのくらい?」
「約200万倍」
「そんなに!?」
200万……? 想像していたのと桁が違った。200倍じゃなくて、200『万』倍。
「アメリカの一般家庭で一年間に消費される電力は、約10,000キロワット・アワー。これだけの電力を作り出すのに必要な化石燃料は、約800キログラム。これがウラン235だと、たったの0.4グラムで済む」
炒飯にひとつまみの塩を振りかけるところを想像した。ウランだったら、たったあれだけの量で、一年分の電力はゆうに確保できるということ……?
「じゃあ、サトシのやってる新型原発は、それよりももっとすごいの?」
「いまの原子力発電ではウラン235が使われるけど、自然界に存在するウランの大部分はウラン238。これはいままで、なんの役にも立たない、処分にも困る廃棄物だった。うちのラボでやってる原発は、これを燃料にするんだ」
「つまり、今までよりもウランを効率よく使うことができるということ?」
「そう。天然のウランに含まれるウラン235の割合は、たったの0.7パーセント。99パーセント以上は、ゴミなんだ。そのゴミが、エネルギー源になる」
「逆に言うと、いままでは1パーセントも活用できてなかったんだ?」
「うん。だから、ウラン238は世界各国にゴミとして貯蔵されている。ゴミなんだから、埋めてしまえばいいんだけど、『Not In My Backyard (私の裏庭には捨てないで)』、誰も放射性廃棄物を自分の近くに捨てることを許可しない。実際には、地中深くに埋めるから、危険性なんてないも同然なのにね」
「そう言うこと。いまの電力消費量なら、あと1,000年は全世界の需要を賄える量のウラン238が、すでに各国に貯蔵されている」
「1,000年も?」
「まあ、電力消費も増えるだろうから、実際は何百年かわからないけどね」
彼は満足そうにそう言うと、お皿に残っている炒飯を頬張り始めた。
200年でも300年でもじゅうぶんすごい。思えば、彼はいまのポストに就いて以来、ラボとアパートの往復、空き時間は私といっしょのときを除けばずっと勉強。そんな単調な生活の中で、彼は人類の夢を追っていたんだと、やっとわかった。もっと早く訊いてあげていればよかったな。
「ねえ」
「なに?」
『The Big Chill - Ice & Snow Festival』(ザ・ビッグ・チル:雪と氷のフェスティバル)
「ああ、残念だけど……」
そっか、ダメか。
書き出しからして「鼻腔に入ってくる」とかすごい素人くさい。格好良く表現しようとして、自分に馴染みのない語彙を選んでないか。そこは背伸びすべき場所じゃないから素直に書け...
ありがとうございます。 冒頭部分は難しいと思っていました。 今後修正する際の参考にさせていただきたいと思います。
冒頭だけしか読んでないけど、さらに添削すっぞ。 原文だと、香り、香り、匂い、と嗅覚情報ばっかり先に立って、本来は最初に飛び込んでくる音の情報が遅い。匂いばっかりだ...
熱したフライパンに糸のように細くネギ油を垂らす。とたん、音が弾け、香ばしい香りが鼻先をくすぐった。 さらに全体に油を広げよう。箸先で鶏皮をグイグイ押し、脂が油に溶けだ...
ありがとうございます。 本業の方に添削していただいて、文例まで書いていただけて恐縮です。 確かにそのように書いた方が、ずっと没入感があり、感覚が刺激されますね。 確かにこ...