なんだか知らないけど、唐突に姉がつぶやいた。 うちは母親だけが信仰宗教をもっているが、他の家族はほぼ無宗教だ。 なんでそんなことを言い出したんだか知らないが、その前提条件がまず違う気がする。 というか、姉にとっては宗教=いいことがあるということだったのか。 私は過去に、ごく親しい友人にこういって勧誘されたことがある。 「この宗教を信仰すれば、いいことがあるよ。 私は何もかもうまくいくようになった。 今がよくないのは他の宗教を信仰している家族がいるせい。 仏壇があるのもよくない。地獄に堕ちるよ」 もともと母の信仰に懐疑的だった私には、完全に逆効果の言葉だった。 家族の信仰で地獄に堕ちるなら、堕とせばいい。 友人が信仰によって救われたなら、それは否定しない。 しかし、私が懐疑的であることを知った上で、 帰宅不可能なところへ連れ出しての強引な勧誘だった。 誰も人生を悪くするために信仰を持つ人はい
http://anond.hatelabo.jp/20071211074925http://anond.hatelabo.jp/20071211212327 「スイーツ(笑)」まで読んだ、じゃないや。この増田エントリとブクマを読みながら、とりあえず自己肯定感を持ってない状況を想像するのは、持ってる人にはホントに難しいんだなあ、と思った。そればかりか、自己評価の低さ自体がむかつく、許せない、お前偽善者ぶってんじゃねえ!悲劇のヒロイン気取りか!(←そこまで言ってない)というトラバまで付く始末。おいおい何をカリカリしてるんだ、そう言ったところで自己肯定ってのは簡単には取り返せないよ、まあ落ち着いて茶でも飲んでちょっと考えてくれ、って感じで。 恐らく元増田の人が懸念してるのは「失われた青春」みたいな話なんだろうなあ。なんていうか。バカやれる時期にバカやってないというか、世間の価値観からかけ離れた人
ニューハーフあんどうの「超・乙女改革」 ♂から♀へ。全てを超えた「超・乙女あんどう蒼」。パーフェクトジオング並みの「超・乙女」。女らしいだけが女じゃない!乙女を超越した「超・乙女」。 「今日も寿司行こう!」 魔の回転寿司のようなそうじゃないようなツアー明けて翌日。 私の友達再びsaid。 「確か昨日も食べたけど」 私said。 「しかもまた回ってる寿司でしょ?回りまくってる寿司でしょ?寿司って回ってちゃダメだと思うわけ。もうちょっと読んで?空気を声に出して読みまくって??」 私追い討ちsaid。 「また俺がおごったるから」 「行くけど。」 まぁね、そりゃただより旨いもんてないし? 私クラスの意地汚さになると、回ってようが回ってまいが、飛んでようが沈んでようがトリプルアクセルしてようが寿司には変わりないのだから! トリプルアクセルゥウウウウ!!(キムヨナver) で、はい到着ー。 着いたんだ
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く