「会話はキャッチボール」は空気嫁 心理, web 会話は「量」より「質」だと思ってきた。でもそれは違う。 会話において重要なのは「質」よりも「量」なのである。 九尾のネコ鞭 たしかに会話において質より量が重要な局面は沢山存在します。 でもそれは会話および会話によって行われるコミュニケーションの一部を語っているに過ぎないのではないと思います。 じゃあ「会話はキャッチボール」という言葉の真意は何かということなのですが、私は「空気嫁」って事だと思うのです。 キャッチボールだと思っていたらドッジの玉がぶっとんで来て「そんなところにぼーっと立ってるおまえが悪い」なんて諍う光景は昼休みの小学校の校庭だけじゃなくネットでも見かける光景です。 ユルユルのキャッチボールをしているところにドッジの玉をぶっつけて来る人もいれば、ドッジボールの玉が飛んでが来る事を知りながら「此処は私たちがキャッチボールをしている