サンリオのアニメ映画「ユニコ 魔法の島へ」に登場する悪の魔法使いククルックの魅力と、彼に共感してしまった話です。 このnoteは最後まで全文無料で読めます。 最初はいわゆる「サンリオアニメ」のお勉強のつもりだった アニメ「おねがいマイメロディ」(2005-)はブラックジョークを多分に含んだ内容で、それまでのサンリオのイメージを大きく変えた。以降アニメオタクの間ではサンリオアニメ=「女児アニメの異端」「カオスアニメ」というイメージが一般的となっている。 ……では、それ以前のサンリオアニメはというと、あまり語られることがない。 私自身も「おねメロ」以前の作品はほぼ触れたことがなかった。それが上記のnoteがいい刺激となって、アレコレ触れてみている。「サンリオアニメ」好きとしてその前史を履修しておく、くらいの気持ちでいた。 そんなお勉強気分を吹き飛ばしたのが「ユニコ 魔法の島へ」(1983)だっ
※このnoteは全文無料で読めます。 原作つきアニメに対して、原作が好きという立場から感想を述べる人がいる。原作を知らず、ただアニメが好きという立場から感想を述べる人もいる。インターネットでお互いを容易に観測できるようになった昨今、両者は対立したりしなかったりする。 さらには数としては結構多いはずなのに、意外に話にのぼらない第三勢力も存在する。それは「アニメがきっかけで原作にハマったファン」だ。 アニメ放映中に一週間が待てなかったか、終了後にひと段落ついてからか。いずれ、それまで縁がなかった原作に手を取るなら、アニメに好感を抱いてのことだろう。 それが原作にハマって、アニメはいかにうまく映像化したか/どこが削られたり設定が改変されたりしたのかを改めて知り――両方好き! のままならいいのだけど、稀に「原作を知ってしまうとアニメはちょっと……」となったりする。 でも、原作と出会うきっかけを作っ
許容できない。というのは、ずっと主張してきたことではある。 ※このnoteは全文無料で読めます。 漫画やラノベには、原作の段階では「声帯」はついてない アニメ・ゲーム・ドラマCD……なんでもいいけど、声がつくこと前提のメディアで展開されて、初めて声帯が付与される(最近では1巻発売段階で声優が声つけるCM打つこともあるけど)。 そしてアニメ化されたからといっていきなり、原作を読んでる時キャラがその声で喋りだすわけではない。声優のイメージをすりこまれた読者が脳内で再生するのも、この声優ならこの場面の人物の心情にはこういう解釈をしてこういう抑揚をつけて芝居するだろうという、あくまで想像だ。 強い言葉を使ってしまえば、アニメの担当声優は原作とは元来無関係だ。インタビューで原作への理解・解釈を迫られる義務すらない。 だが実際にはそれ以上のものが求められている。数多のメディア展開の中で、キャラクターの
※タイトルの「難しい」は「無理」「不可能」を意味しません。 ※このnoteは全文無料で読めます。 昔流行ったコンテンツの「掘り返し」がブームである、と言われて久しい。 ここでの「昔流行った」とは、ひとまず現在三十代~四十代序盤の人たちが思春期に触れた九〇、ゼロ年代半ばくらいまで発のコンテンツを指すことにする。筆者がその世代だから。 そういう時に理由としてよく挙げられるのが、ユーザーが大人になって購買力があるから財布を狙われている、というやつだ。 しかし政治や社会の話だと「俺達の世代は非正規が多い/実質賃金が上がらないので金が無い/生きるので精一杯」という主張が多数を占めるのに、趣味のこととなると「俺たちには金がある」みたいなことを言い出すのがよく分からない。結局、金があるのかないのか。金がある人は結婚からの子育てコンボキメてて逆に趣味をやる金銭的時間的余裕なかったりするんじゃないか。 ナン
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