レヴィナスの話で好きなのが、裁きと顔の関係の話です。ポワリエとの対話の本、『暴力と聖性』(国文社、1991年)のなかで、レヴィナスは次のように言っています。 ある聖句は「裁きを下す者は個人の顔を見てはならない」とあります。つまり、裁き人は自分の前にいる者を見てはならず、その者の個別的な事情など斟酌してはならない、というのです。……けれども別の聖句があります。……「主はそのお顔をあなたに向ける」という聖句です。ラビたちは彼らの流儀で[この矛盾]に答えています。「判決を下す前には決して顔をごらんにならない。けれどもひとたび判決が下されたのちには、あのお方は顔をごらんになるのである。」(『暴力と聖性』160頁) レヴィナスのこの言葉を知ったのは、2001年に出版された内田樹さんの『ためらいの倫理学』によってでした。内田さんは、裁き人が被告の顔を見てはならないのは、「顔」が誰によっても代替し得ない