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増田文学に関するsisidovskiのブックマーク (7)

  • 30才になってしまった。

    30才になってしまった。 つくづく思う。若さがもたらすエネルギーはすごい。10代の頃を思い返すと、とても正気だったとは思えない。 誕生日の記念に自分の人生をざっと振り返ってみたい。長くなるか、すぐに終るか、それは書いてみないとわからない。 2年前からイーストヴィレッジのセントマークスで仲間達とバーをやっている。大抵はヒップホップがかかっている。客層は黒人、日人、ヒスパニック。 日酒がメインのバーにするはずだったが、すぐにうやむやになってしまった。夏はフレンチスタイルのパナシェがよく売れる。地元の人がこれを読んだら、もう場所を特定できてしまうと思う。 大儲けとはいえないが、店はそれなりに繁盛している。僕はほぼ毎日カウンターかDJブースにいる。ちなみに趣味はボディビルで、アマチュアの大会で2回ほど入賞したことがある。 まさか自分がこんな生活を送るようになるとは思わなかった。中学生の頃は、江

    30才になってしまった。
  • 教師との恋愛という罪の告白

    先生と出会ったのは、わたしが中学生の時です。彼は大学院を卒業後、国語の非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長は10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。 当時のわたしは、授業中は寝ているか、教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生。わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。 気持ちが変わったのは、制服のシャツが半袖に変わり始めた頃で

    教師との恋愛という罪の告白
  • 昔くのいちを助けたことがある

    その頃東池袋に住んでいた。2008年ころのことだ。 週末の、もう土曜だったか金曜だったか忘れたが、とにかく次の日が休みの日だった。 赤羽からでた最終列車。池袋に到着。下車すれば大いなる酔客の群れ。上り階段に座り込む男。イチャイチャする初老の男女。「お持ち帰り」を狙う若い学生。 タクシー乗り場には長蛇の列。ストリートミュージシャン。人いきれ。8月末の暑苦しい夜のことだ。 喧噪を尻目に帰路につく。向原付近のビルの谷間に、くのいちがいた。正確に言うとエアコンの排気ダストの蔭にもたれ込んでいた。 あの例のお約束の、裾の短い装束。あわてて小刀を携えるが、私が一般人だとすぐに認識して警戒を解き、去るように眼で促す。 私はこの時点で此奴はコスプレでやってるんじゃあない、ガチだ、と認識した。それだけの説得力が、彼女のその少ない仕草から充分に伺い得たのだ。 読者諸君は「まさか」と思うだろう。しかし諸君のなか

    昔くのいちを助けたことがある
  • 風俗嬢のやさしさ。

  • 向かいの美人

    わたくしが、座る席の向こうに経理の女性が一人座っておりまして、それがなんとも言えぬ感じの美人であります。向かいと言いましても目隠しの、衝立のようなものが一枚ありますから顔上げれば見通せるわけではないのですが、その衝立には1cmばかりの隙間がありまして、そこからちょうど、瞳半分くらいがのぞいて見えたりします。手前どもの会社にはユニフォームというものがありませんで女性はいつもフォーマルな私服を選んで身につけてくるわけですが、わたくしはこのフォーマルな私服というものに対して、ちょっとばかり執着に近いような感情を持ち合わせていまして、まぁ要するに、その女性の出で立ちを目に焼き付けるのが日課のようなものなのです。とくにその女性は女性的な肉体を持て余すような肉欲に直結する魅力を持っているわけではありませんので、どことなく憂いを持っていながらも少女的で、満面の、笑みを見せながらも優しく抱きしめて守ってい

    向かいの美人
  • 鷲巣は戦犯指定を逃れられるのか

    昨日マックで知り合った女子中学生が「ワシズ様は戦犯指定を逃れられるのか」という話をしてきたのでここに書こう。ちなみにみんな大好き鷲巣麻雀の元締め鷲頭巌様の簡易年表は次の通りだ。1890年誕生。1912年東京帝大卒。内務官僚を経て特高警察。1932年(42歳)警視、1940年(50歳)権中警視(警視長クラス)、1942年6月・ミッドウェー海戦敗北を見て同年内務省退職。1945年終戦(55歳)、GHQと麻雀する。1950年(60歳)頃コンサルティング会社「共立」が大当たりし莫大な財産を築く。1960年(70歳)、アカギと麻雀を開始。以後数時間程度アカギと麻雀を楽しんでいる。鷲巣麻雀はその女子中学生が生まれる前から連載をやっているが、その数時間のあいだに女子中学生はタンパク質から卵子となり女になったのだという。 「私、この経歴を見て鷲巣は戦犯指定を逃れられるのかと思ったんです」なかなか鋭い。鷲巣

  • 新しく近所に建った保育園がうるさいので苦情を言いにいった。

    朝から晩までガチガチャギャーギャー。 重低音がきいたヴォイスで隣家であるうちの壁を揺らしている。 日頃は少子高齢化問題について憂慮している俺もさすがに堪忍袋の緒が切れて、保育園に苦情を言いに行った。 保育園の入り口に掲げられた「フジロックフェスティバル2013」の看板をくぐって、敷地の中へ。 足を踏み込んだ瞬間、鼓膜とみぞおちを低く重い金属音がついた。 悲しげでメロディアスな演奏が俺の皮膚にまとわりつき、全身をねぶる。なんだこれは。 周囲のオーディエンスは恍惚とした表情でステージ上の一転をなかば崇めるように、なかば畏れるように見つめている。 会場三千の瞳が注がれている先で山嶺のようにそびえ立っていたのは、丸刈りで筋肉質の巨漢。 トレント・レズナー。 ナイン・インチ・ネイルズだ。 ナイン・インチ・ネイルズが日にやってきたのだ。 このフェスのために。 この夜のために。 おれたちのために。 知

    新しく近所に建った保育園がうるさいので苦情を言いにいった。
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