
○加藤和彦「うたかたのオペラ」(1980)
以前も書いたことがあるけれど、1964年生まれの僕にとって加藤和彦という人は、フォーク・クルセダーズの人でもなく、「あの素晴らしい愛をもう一度」の人でもなく、サディスティック・ミカ・バンドの人でもなく、まずは「ヨーロッパ三部作」の人であった。
特にこの「うたかたのオペラ」は、初めて聴いた加藤和彦作品ということもあって思い出深い。洋楽メインストリームロックばかり聴いていた単純な高校一年生にこのアルバムは、「この世にはおまえの聴いているのとは違う種類のカッコいい音楽があるんだよ」とささやいたのだ。
西ベルリンのスタジオ「ハンザ・バイ・ザ・ウォール」(そう、まだ「壁」はあったのだ)で、日本から連れていった演奏家たち(ギター:大村憲司、ベース:細野晴臣、ドラムス:高橋幸宏、ピアノ:矢野顕子といった人々)と「高級合宿」を行いながら作り上げた音楽。
それは、ひとつ間違えば滑稽になりそうなスノビズムと退廃を湛えながらも、その実ひどくポップなものだった。
録音にあたって彼が意識したであろうデヴィッド・ボウイ「ロウ」「ヒーローズ」的な翳りも、音像をタイトに引き締めつつも殺伐とした方向には向かわず、むしろ心地よい彩りとなっている。
時代の先端をいくもの(つまり「カッコいいもの」)を追いかけ続けた加藤和彦という夢想家が、パートナーである安井かずみや優秀なミュージシャンたちの力を借りながら、そのすべてを咀嚼して作り上げた自分だけの王国。完璧なファンタジー。今聴いても十分魅力的だ。
彼は、このときキャリアの頂点にいたのだ。そう僕は信じている。
現在流通しているCDには、「ルムバ・アメリカン」や「ラジオ・キャバレー」における佐藤奈々子のコケティッシュな声が欠けてしまっているのが少々残念なんだけどもね…。
YouTubeにLP音源をアップしている人がいた。