7月15日夜7時過ぎ。10日前の国民投票とは、明らかに違う雰囲気が漂っていた。
アテネのギリシャ国会前のシンタグマ広場に、続々と人が集まってきた。「国民投票の結果を尊重しろ」「最後までNOを貫け」…。財政緊縮に反対を唱える巨大なプラカードを携えている者も少なくない。その多くが、この日朝から大規模なデモ行進でアテネ市内を一日練り歩いてきた。
国会の前には、彼らと対峙するように重装備の警察機動隊が国会の入り口を取り囲んでいる。その後も人はどんどん増え、9時を過ぎると、国会前の広場と近くの通りは黒山の人だかりとなった。
突然、「パァーン」という音と共に、広場近くの道路で火の手があがった。反緊縮を唱える一部の過激派が暴徒化して火炎瓶を投げつけたのだ。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人々。機動隊は応酬する形で催涙ガスを放つと、国会前は一時騒然となった。
その後も過激派が次々と火炎瓶を投下したため、30分以上にわたって衝突が続いたが、機動隊が事態を沈静化すると、再び人が集まってきた。みんな、反財政緊縮を訴える人々だが、彼らのメッセージはアレクシス・チプラス首相には届かなかった。
翌16日午前2時、ギリシャ議会は、チプラス首相による説得を受けさらなる緊縮財政を実施すべく、一連の財政改革関連法案を賛成229、反対64(棄権6、欠席1)の圧倒的多数で可決した。
7月13日にユーロ圏19カ国は緊急首脳会議で、総額820億~860億ユーロ(約11.3兆~11.8兆円)の金融支援を実施することを決めたが、ギリシャが15日夜までに財政改革法案を可決、成立させることが条件だった。
具体的には、年金の受給開始年齢を2022年までに67歳に引き上げる年金改革案や、レストランなどに課しているVAT(付加価値税)を現行の13%から23%に引き上げる法案だ。
支援を受けるための最初の関門を突破
採決は7月16日にずれ込んだものの、チプラス首相はEU側が求めていた支援の条件をクリアしたわけだ。
「財政緊縮を終わらせる」を選挙公約に掲げて今年1月の総選挙で勝利し、政権を奪取したチプラス首相は、公約通りEUとの交渉において一貫して反緊縮にこだわり続けた。そのためにEUなどの債権団による金融支援延長を巡る交渉は暗礁に乗り上げ、第2次金融支援は6月末で失効した。
そうした中、チプラス首相が突然、反緊縮の方針を180度転換したのは7月8日のことだった。この日、ギリシャ政府は第3回の金融支援を受けるべく、EUに対し、ユーロ圏が財政危機に陥った加盟国を支援する基金として2012年に設立した「欧州安定メカニズム(ESM)」を活用した3年間の融資を申請した。そして、翌9日にその融資を得るためにEUが6月に提示していた緊縮策にも増して厳しい財政緊縮策をEUに対して提出したのだった。
そのわずか3日前の7月5日、チプラス首相はEUの財政緊縮案を受け入れるかどうかの賛否を問う国民投票を実施したばかりだった。チプラス首相が国民に強く反対票を投じるよう促したこともあり、「反対」が61%と「賛成」の38%を上回った。国民が緊縮策受け入れに「NO」を突きつけたのを受け、EU側との交渉で窮地に追い込まれていたチプラス首相は息を吹き返したかのように、「EUとの交渉を再開する」と勢いづいていた。
これだけ反緊縮の姿勢を貫いていたチプラス首相が突然、180度方針を転換したのは、あのまま支援策を得られなければ国家としての破綻が避けられないという現実に目を向けたからかもしれない。チプラス首相は一気に緊縮財政へと舵を切り、一度は打ち切られた救済支援の再開を目指し始めた。
だが、この5カ月強、EU側としては約束を何度も反故にされてきただけに、チプラス首相に対する信用は地に堕ちていた。そのため、ギリシャが申請してきた金融支援を実施するかどうかを巡り、最後の交渉の場として7月12日に開かれた緊急のユーロ圏首脳会議はもめにもめた。
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