暴力団排除条例、悩む企業 契約解除に訴訟リスクも
2011年10月、東京都と沖縄県の暴力団排除条例が施行され、全国の都道府県で暴排条例が動き出した。警察などは従来、暴力団を規制対象としてきたが、暴排条例では事業者に一定の取引契約について自主的な取り組みを求めるほか、通常の値段での取引でも違法な「利益供与」として違反になることがあるなど事業者側も規制に加えた。条例の概要や企業の対応現場はどうなっているのだろうか。
都条例をきっかけに撮影協力費を払うのをやめた。今後も警察がきちんと警戒してくれればいいのだが――。
都内でテレビ番組制作などを手掛ける会社経営者はこう打ち明ける。これまで繁華街での撮影では街を仕切る暴力団関係者に1日当たり数万円と一升瓶などを持参し、「撮影協力費」の領収書をもらい税務上、費用処理していた。条例施行を契機に、警察官に見回りを要請したうえ関係を持たないことにした。
都条例などは、個人を含む事業者が暴力団の活動を助長したりしないようにさまざまな規定を盛り込んでいる。
一つは、一定の取引について相手が暴力団関係者でないことを確認するよう求めている点だ。上場準備に入ったあるコンサルタント会社では検索エンジンや新聞記事データベースに独自の検索キーワードを設定して下調べしているが、「社名が変わったり、法人の登記簿では最新の株主が分からなかったり調査には限界がある」という。
調査は「取引の大きさや継続性などを総合し、範囲や深さに濃淡をつけるのが合理的だ」(この分野に詳しい大井哲也弁護士)という。上場企業などでは第三者割当増資や企業買収、大規模な商取引では専門の調査会社を利用している。
もう一つは、取引先が暴力団関係者であることが判明した場合には契約を一方的に解除できる規定(暴排条項)を契約書に盛り込むよう努めると規定している点だ。
さらに条例は、暴力団の活動を助長するような取引などであると分かったうえで取引することを禁止している(「利益供与の禁止」)。中村隆夫弁護士などによると「ごく通常の経済取引でも利益供与に当たる場合がある」。例えば、暴力団事務所と知って組事務所の内装工事などを通常価格で引き受けることも違法だ。
契約への暴排条項導入は努力義務だが、大企業の大半が対応済みのようだ。インフラ関連のある上場会社の担当者は「暴排条項の案について多くの取引先から修正要望が寄せられ、個別対応するのが大変だった」と振り返るが、先月末までにほぼ全取引契約に盛り込んだ。
条項内容、業界で差
暴排条項の内容は業界などにより差がある。このインフラ会社では、条項違反の場合には未払い代金も含めて一切、相手方に支払わないと規定している。一方、ある建設会社では工事済み分についての未払い分は暴力団関係者と分かった下請け業者でも支払うとしている。「暴力団に近いとされるが、仕事ぶりのいい下請けもゼロではない。既にやってもらった工事代金は支払うべきだと判断した」(担当者)
条例への対応で暴排条項を盛り込むことはそれほど難しくないが、関係を実際に切るには警察の協力が必要なこともある。
「取引先の役員に暴力団関係者と思われる人物がいたのですが」。昨年、あるメーカーの幹部が県警の暴力団対策担当課を訪れた。メーカー側は専門家に調査を依頼したが、本当に暴力団関係者か確証を得られなかったためだ。
警察庁は昨年12月、暴力団に関する企業などへの情報提供の指針を改定。組員だけではなく、不適切な関係を持つ者なども提供対象の情報に含めた。その半面、プライバシー保護などの問題もあって運用はより厳しくなり、企業側の自助努力も求められるようになった。
このケースでも、捜査員はメーカーに「暴排条項の整備か、もしくは(反社会勢力と関係がないことを示す)確約書は取りましたか」「情報の目的外使用をせず、必ず契約を打ち切りますか」と念を押した。メーカーは承諾。警察のデータを調べた結果、この役員は広域暴力団系組幹部に間違いなく、名字を変えていたことも分かった。
後日、メーカーは契約解除を申し入れた。「全く別の会社を作るから、そこと契約してくれないか。暴力団と関係のある人を全員辞めさせてもだめか」。実質的な契約継続を持ちかけられたが、これも断った。交渉現場の周囲には複数の捜査員が張り込んでいた。
みかじめ料などの不当要求を防ぐ暴力団対策法の「中止命令」を、組み合わせる場合もある。暴力団の組事務所に商品を納入していたあるサービス会社は今年、契約を切ろうとしたところ、一切の契約を行わない意思を示した書面を書くように警察からアドバイスされた。
強要に近い形で不利な条件により商品を納入しており、警察も取引要求の中止を命じることができると考えていた。会社から書面を受け取ると、担当の捜査員らが組事務所に出向き、中止命令を出すと同時に書面を手渡して「取引はしない」という会社側の方針を伝えた。
立証責任は事業者
これらは警察とうまく連携した事例だが、企業側の悩みは尽きない。法律面で最も悩ましいのは契約解除した場合の訴訟リスクだ。もし、不当な契約解除だとして損害賠償請求訴訟を受けると、暴排条項違反を立証する責任が事業者側にあるからだ。
もちろん、取引先が暴力団関係者であることが刑事裁判などで明白なケースや、「取引が禁止される暴力団関係者に該当する」との警察からの情報を民事裁判のなかできちんと提出できれば問題はない。そうでない場合には条項の発動は法的なリスクも伴う。このため「実際には代金の未払い、納期遅れなど他のことを理由にしたり、契約期間の満了時に取引を中止したりすることも選択肢に入れ対応することになる」(大井弁護士)と、専門家は口をそろえる。
10年4月、福岡県から施行が進んだ暴排条例の事業者規制は「企業などが暴力団と向き合う構図での暴力団排除を期待している」(中村弁護士)。ただ、条例は「どのような行為が暴力団活動の助長行為に該当するのかの点など、あいまいな部分も多い」(犬塚浩弁護士)。例えば、助長行為に当たらないと判断して商品を販売、発送を委託したところ、運送会社の配達先ブラックリストに該当して返送されてきたらどうするのか。実務では当面、様々な試行錯誤が続きそうだ。