頭にアンテナ結合、職場クビに サイボーグ共生険しき道
ある日、職場でサイボーグやミュータントが働き始めたら、あなたはどうするだろう。これは架空の話ではない。
スペイン在住の英国人ニール・ハービソン氏は、光の波長を検知するアンテナを手術で頭頂部に結合したところ、職場を追われた。スペイン人のマネル・デ・アグアス氏は、魚のヒレのような形をした気象観測装置を手術で頭の左右に取り付けたため、会社をクビになった。
身体を機械と結合させたサイボーグや、遺伝子操作で身体能力を高めたミュータントを、「ネオヒューマン」と呼ぶことにしよう。
地球に最初の生物が誕生したのは40億年前。途方もない歳月を重ねて、単細胞生物からホモ・サピエンスへと姿を変えた私たちは、ついに科学の力で生物進化の制限速度から解き放たれた。
ハービソン氏やデ・アグアス氏のように、一部の人々は一足先に次なる進化の段階へと歩み始めている。サイボーグ工学や遺伝子工学の進歩に伴って、後に続く人は増えるに違いない。
生まれながらの脳と体を維持する私たち「オールドヒューマン」は、ネオヒューマンを職場から追い出すなど、彼らを異質な存在として忌避している。このままでは、新旧の人類が対立する時代を迎えかねない。
頭蓋骨にアンテナを結合
ハービソン氏は、「身体を機械と結合させても、ほかの人々と同じように働ける権利が保障されるべきだ」と訴える。サイボーグ化手術を受けた仲間たちと、NPO法人サイボーグ財団(米ニューヨーク)を立ち上げるなどして、啓発活動に取り組む。
ハービソン氏は色覚障害を持っており、1982年にこの世に生を受けた時から世界をモノクロ映像として眺めてきた。色彩への探究心が高じて、手術で頭蓋骨にアンテナを直結させたのは2014年である。
頭頂部からひたいの前まで伸びたアンテナの先端に光センサーが付いており、色ごとに異なる光の波長を音波に変換させている。音波は、骨伝導イヤホンと同じ原理で、頭蓋骨を通じて内耳に伝わる。ハービソン氏はどの音がどの色に対応しているのかを記憶することで、色を聴き分けている。
センサーは、ヒトには見ることのできない不可視光線にも対応しており、自動ドアの人感センサーが放つ赤外線や、太陽から降り注ぐ紫外線も聴き分けることが可能だ。
「私の能力はヒトを超えた」と語るハービソン氏の超人的な感覚は、磁覚にも及ぶ。膝に小型の地磁気センサーを埋め込んでおり、膝が北を向いた時に軽く刺激して知らせてくれる。
現在は熱を発する素子を配列したヘッドバンドを開発中である。地球の自転とともに発熱する素子が移り変わり、24時間で頭を1周させる。いずれ頭の皮下に埋め込むことも想定しており、頭部のどの位置が温かくなっているかを感じることで、時間の経過を知覚できるようにする。
ヒトにも鳥や昆虫と同じ感覚を
ハービソン氏は、「センサーを、取り外し可能なウエアラブル端末ではなく、身体と結合した感覚器官の一つとすることで、常に脳が刺激される。これによって新たな神経回路が脳内に形成される」と語る。
自然との一体感を体得するのが目的だ。渡り鳥は北を向いた時に活動が盛んになる脳細胞を持つとされる。紫外線や赤外線を感じられる昆虫やヘビもいる。ハービソン氏は、「動植物が持つ感覚をヒトに加えることで、ほかの生き物への共感が深まり、自然とのつながりを取り戻すことができる」と言う。
「私たちは、親から受け継いだ遺伝的な特徴を変えられるようになった。地球上に生命が誕生して以来、これは初めてのことなんだ」。そう力説するのは、米バイオ関連企業ODIN(オーディン)のジョー・ゼイナー最高経営責任者(CEO)だ。ハービソン氏がサイボーグ化手術で人体を改造しているのに対して、ゼイナー氏は自らの遺伝子を改変することによって身体のアップグレードに挑んでいる。
(日経ビジネス 吉野次郎)
[日経ビジネス電子版 2024年1月24日の記事を再構成]
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