髪フサフサ再び 資生堂、再生医療で商機探る
慶応大、iPSで毛包作成
資生堂は毛髪の再生医療事業に参入する。神戸市に拠点を開設、今秋にもカナダのベンチャーが開発した再生医療製品の提供を開始する予定だ。国内化粧品市場が伸び悩むなか、再生医療に商機を見いだす。iPS細胞を用いた抜本的な毛髪再生の研究も進み、再生医療で髪を取り戻せる時代は近づいている。
「脱毛の悩みは深い。特に30代から40代の女性や小さな子供などの脱毛症は社会生活への影響が大きい」――。
東京・信濃町の慶応義塾大学病院皮膚科。大山学准教授が担当する毛髪外来は通常17時までにもかかわらず19時までいっぱいだ。自身の免疫が過剰に働いてしまう自己免疫疾患により頭髪が抜けてしまうなど脱毛で悩む患者を担当。iPS細胞を活用した最新鋭の毛髪の再生医療に挑む。
大山准教授の究極の目標は「毛根ゼロの患者を救うこと」――。昨年、ヒトiPS細胞とマウスの細胞を用いて、毛髪の根本にある毛包を再現したことを発表。不完全ながら毛の再生にも成功した。iPS細胞から毛包を作れれば、患者本人の頭皮に毛髪を作る機能がなくなっていても、再生可能となる。
だが、現在再生できている毛包から生える毛の太さは実際の20分の1程度。移植しても生えてくるのは産毛程度だ。しかもマウスまじりのもので、マウスの体内で作成する必要がある。コストも高い。
一般的に薄くなりにくい後頭部から、自分の毛を移植する自毛植毛では1000本移植して数十万円から200万円程度だが、iPS細胞から作った毛は1本で100万円程度。一般的な脱毛症の治療に用いるのは現実的とは言い難い。
ただ、毛根が少しでも残っている場合は、毛髪の再生医療はグッと身近になる。それが資生堂がカナダのベンチャー、レプリセルライフサイエンスから技術を取り入れて開発を目指す再生医療製品だ。
11月事業化へ
患者の頭部の毛髪のある部分から直径5ミリメートル程度の頭皮を切り取り、「底部毛根鞘細胞」と呼ばれる毛髪の成長に影響を与える細胞を分離する。数カ月かけて分離した細胞を培養したのち、脱毛部に注射して、その周囲にある細く力を失った毛根を活性化させるというものだ。
一見単純なようだが、「底部毛根鞘細胞」を毛髪成長能力を保持したまま、培養するための独自技術があるという。既に海外では臨床試験(治験)を開始し、安全性が確認されている。今後はどのような量を注射するともっとも効率的か、その用量を探っていく。
資生堂は今月、神戸市のポートアイランド内に毛髪再生医療の拠点を開設。細胞培養施設を設置し、月10人分程度の再生医療製品を作製する。11月にも医療機関以外で再生医療に用いる細胞の培養を認める再生医療等安全性確保法(再生医療新法)が施行される。そこで事業化し軌道に乗れば、量産体制を整える。
資生堂新領域研究センターの岸本治郎再生医療プロジェクト室長は「当初は脱毛外来を持つ大学病院などの基幹病院で、有効性を確認しながら提供し、2018年には広く使えるようにしたい」と話す。
気になる価格も、「自毛植毛と勝負できる価格設定にする」(岸本室長)。治療費は数十万円程度に抑えられる可能性もある。国内の化粧品ブランドの立て直しを急ぐ資生堂の収益源となるかもしれない。
自毛植毛は技術が確立しており、髪の脱毛治療に広く用いられている。しかし、自毛植毛は、医師の腕に依存する部分が多いほか、既に後頭部にも移植するほどの髪が十分にない人には行えなかった。
施術の差小さく
再生医療であれば、細胞を培養して注射するだけのため、最小限の研修でどのような医師でも同水準の施術が可能となる。直径5ミリメートル程度の部分に健康な毛髪が残っていれば、増やして提供することも可能だ。
また、脱毛症治療薬「プロペシア」は、使用できるのは成人男性のみ。プロペシアは男性ホルモンをコントロールする薬のため、女性や若年者には使用できなかった。それらの患者にとっても福音となりそうだ。
資生堂の再生医療事業に注目が集まるが、それではiPS細胞を用いた毛髪再生は無駄な研究なのか。
慶大の大山准教授は「iPS細胞による毛髪再生ができれば、育毛剤や養毛剤の開発が一気に進むはず」という。現在、脱毛症治療に用いられる内服薬は限られる。医薬品開発に用いられる脱毛症患者の細胞は、培養を繰り返して医薬品への反応が鈍くなっているものが多く、開発が難しいこともその一因となっているという。
iPS細胞を用いた毛髪が生える実験環境を用意できれば、医薬品候補への反応を簡単に確かめられるようになる。「実験環境を整えるまでならば、早ければ5年で到達するのではないか」と大山准教授。iPS細胞が新たな活力源となるかもしれない。髪は長い友達――。毛髪再生医療に期待する人は少なくない。(山崎大作)
[日経産業新聞 2014年5月28日付]