文政元年 (つちのえとら 戊寅)
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年(年号) |
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●1803年 (享和3年) | ■江戸開府200年 |
●1806年 (文化3年) | ■芝の大火 |
●1808年 (文化5年) | ■フェートン号事件 |
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●1825年 (文政8年) | ■異国船打払令 |
●1828年 (文政11年) | ■シーボルト事件 |
●1829年 (文政12年) | ■江戸大火 |
●1830年 (天保元年) | ■伊勢御蔭参り大流行 |
●1837年 (天保8年) | ■大塩平八郎の乱 |
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1818年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/08 01:21 UTC 版)
千年紀: | 2千年紀 |
---|---|
世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
十年紀: | 1790年代 1800年代 1810年代 1820年代 1830年代 |
年: | 1815年 1816年 1817年 1818年 1819年 1820年 1821年 |
1818年(1818 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、木曜日から始まる平年。
他の紀年法
- 干支 : 戊寅
- 日本(寛政暦)
- 中国
- 朝鮮
- ベトナム
- 仏滅紀元 : 2360年 - 2361年
- イスラム暦 : 1233年2月22日 - 1234年3月3日
- ユダヤ暦 : 5578年4月23日 - 5579年4月3日
- ユリウス暦 : 1817年12月20日 - 1818年12月19日
- 修正ユリウス日(MJD) : -14930 - -14566
- リリウス日(LD) : 85911 - 86275
カレンダー
できごと
- 1月1日 - メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』出版[要出典]
- 1月3日 - 金星が木星面を通過する。惑星同士の通過・掩蔽は、これを最後に2065年11月22日までの247年間の長い空白期間に突入する。
- 2月5日 - カール14世ヨハンがスウェーデン王に即位
- 2月12日 - チリがスペインから独立
- 2月19日(文化15年1月15日) - 新川掘割の起工式開催
- 4月4日 - 米国議会で国旗令の改定施行(州一つの加入につき星一つを独立記念日に増やすことを決定)
- 7月4日 - 米国で星条旗の星が20個となる(インディアナ州・オハイオ州・テネシー州・ミシシッピ州・ルイジアナ州の加入を反映)
- 8月4日 - イギリスで総選挙。リヴァプール伯爵内閣の与党トーリー党の勝利。
- 10月1日 - アーヘン会議開催
- 12月3日 - イリノイ準州が州に昇格、米国でイリノイが21番目に州となる
- 12月24日 - きよしこの夜(Stille Nacht) 初演
誕生
- 1月5日(文化14年11月29日) - 大久保一翁、幕臣・政治家(+ 1888年)
- 2月23日 - フォンタネージ、イタリアの画家・工部美術学校教師(+ 1882年)
- 3月11日 - アントニオ・バッジーニ、作曲家・ヴァイオリニスト(+ 1897年)
- 3月12日(文化15年2月6日) - 松浦武四郎、北方探険家(+ 1888年)
- 4月8日 - アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・ホフマン、ドイツの化学者(+ 1892年)
- 4月29日(ユリウス暦4月17日) - アレクサンドル2世、ロマノフ朝第12代皇帝(+ 1881年)
- 5月5日 - カール・マルクス、ドイツの経済学者・哲学者・革命家(+ 1883年)
- 5月25日 - ブルクハルト、スイスの歴史家(+ 1897年)
- 5月27日 - アメリア・ジェンクス・ブルーマー、女性解放運動家(+ 1883年)
- 6月17日 - グノー、フランスの作曲家
- 7月30日 - エミリー・ブロンテ、作家(+ 1848年)
- 8月6日 - アンリ・リトルフ、ピアニスト・作曲家(+ 1891年)
- 8月22日 - イェーリング、ドイツの法学者・ローマ法研究で有名(+ 1892年)
- 8月25日 - ウェード(威妥瑪)、イギリスの外交官・中国語学者(+ 1895年)
- 9月1日(文政元年8月1日) - 伊達宗城、政治家・大名、宇和島藩第8代藩主(+ 1892年)
- 9月12日 - リチャード・ジョーダン・ガトリング、発明家・医師(+ 1903年)
- 10月30日(文政元年10月1日)- 元田永孚、熊本藩士・儒学者(+ 1891年)
- 11月9日(ユリウス暦10月28日) - ツルゲーネフ、ロシアの小説家(+ 1883年)
- 11月21日 - ルイス・ヘンリー・モーガン、アメリカの人類学者(+ 1881年)
- 12月16日 - ジョン・ローレンス・スミス、化学者・鉱物学者(+ 1883年)
- 12月18日(文政元年11月21日) - 岩瀬忠震、幕臣・外国奉行(+ 1861年)
- 12月24日 - ジェームズ・プレスコット・ジュール、物理学者(+ 1889年)
死去
- 2月7日 - エンニオ・キリノ・ヴィスコンティ、考古学者(* 1751年)
- 5月14日 - マシュー・グレゴリー・ルイス、イギリスの小説家・劇作家(*1775年)
- 5月17日(文政元年4月13日) - 伊能忠敬、地理学者(* 1745年)
- 5月28日(文政元年4月24日) - 松平治郷、茶人・出雲松江藩第7代藩主(*1751年[1])
- 7月28日 - ガスパール・モンジュ、科学者・工学者(* 1746年)
- 10月28日 - アビゲイル・アダムズ、アメリカ合衆国のファーストレディ。第2代アメリカ合衆国大統領ジョン・アダムズの妻(*1744年)
- 11月1日 - マリー=ガブリエル・カペ、画家(* 1761年)
- 11月19日(文政元年11月2日) - 司馬江漢、絵師・蘭学者(* 1747年)
脚注
注釈
出典
関連項目
1818年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 03:45 UTC 版)
「フランツ・シューベルト」の記事における「1818年」の解説
1818年は前年と同様、創作上は比較的実りがなかったものの、2つの点で特筆すべき年だった。1つ目は作品の公演が初めて行われたことである。演目は『イタリア風序曲』(D590)で、これはロッシーニをパロディー化したと書かれており、5月1日に刑務所コンサートで演奏された。2つ目は初めて公式の招聘があったことである。これは、ツェレスに滞在するヨハン・エステルハージ伯爵一家の音楽教師の地位で、シューベルトは夏中、楽しく快適な環境で過ごした。 この年の作品には『ミサ曲ハ長調』(D452)、『交響曲第6番ハ長調』(D589)、ツェレスでの生徒たちのための一連の『四手のためのピアノ曲』、『孤独に』(D620)、『聖母マリア像』(D623)、『繰り言』(Litaney)などを含む歌曲がある。秋のウィーンへの帰りに、ショーバーのところには滞在する部屋がないことが分かり、マイアーホーファー宅に同居することになった。ここでシューベルトの慣れた生活が継続された。毎朝、起床するなり作曲を始め、午後2時まで書き、昼食のあと田舎道を散歩し、再び作曲に戻るか、あるいはそうした気分にならない場合は友人宅を訪問した。歌曲の作曲家としての最初の公演は1819年2月28日で、『羊飼いの嘆きの歌』(D121)が刑務所コンサートのイェーガーによって歌われた。この夏、シューベルトは休暇を取り、フォーグルとともに北部オーストリアを旅行した。シュタイアーで「鱒(ます)」として有名な『ピアノ五重奏曲イ長調』(D667)のパート譜をスコアなしで書き、友人を驚かせた。秋に自作の3曲をゲーテに送ったが、返事はなかった。
※この「1818年」の解説は、「フランツ・シューベルト」の解説の一部です。
「1818年」を含む「フランツ・シューベルト」の記事については、「フランツ・シューベルト」の概要を参照ください。
「1818年」の例文・使い方・用例・文例
- それを含んでいて、ロシアの皇帝として改革を導入したニコラス1世の息子は農奴の解放を制限した(1818年−1881年)
- 英国の編集者で、1818年にシェークスピアの作品の削除修正版を発行した(1754年−1825年)
- 米国の最初の速射銃の発明者(1818年−1903年)
- フランスの作曲家で、オペラでよく知られる(1818年−1893年)
- ドイツの化学者(1818年−1892年)
- 英国の物理学者で、熱の力学理論を確立し、熱力学の最初の法則を発見した(1818年−1889年)
- アメリカ革命の兵士(1756年−1818年)
- 米国の天文学者で、太陽黒点と星雲を調査した(1818年−1889年)
- アイルランドのダンサー(1818年−1861年)
- 米国の人類学者で、セネカを研究した(1818年−1881年)
- アメリカの銀細工師で、レキシントンとコンコードの入植者に英国軍が来ていることを警告するための(ロングフェローが詩で賛美した)真夜中の乗馬で知られる(1735年−1818年)
- 米国のユーモア作家で、田舎暮らしを書いた(1818年−1885年)
- 米国のフェミニストで婦人参政権論者(1818年−1893年)
- ロシアの物語や小説や脚本の作家(1818年−1883年)
- 1818年の伊能忠敬の死後,門下生たちが初めての日本の詳細地図を完成させた。
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