静岡県浜松市では、今年4月に政令指定都市になると同時に、新設された情報政策官(CIO補佐官)が着任した。日本IBMを経てCALS/ECのコンサルティング会社、シーキャット(本社・静岡市)を経営していた小林丈記氏である。4月1日から2年間の任期付職員となる。浜松市のCIO補佐官は、常勤・決裁権を持った部長職で、専任スタッフが付く。自治体の「CIO補佐官」としてはかなり権限の強い部類に入るといえる。応募者15人から選ばれた小林CIO補佐官に、応募の動機や今後の抱負を尋ねた。
(聞き手:本間康裕)
就任したばかりですが、さっそく大仕事が待っているようですね。
小林 浜松市では、財務会計、人事給与、庶務の3つのシステムを刷新し、文書管理システムを新たに導入します。これに加えて、総務事務センターを作って業務をアウトソーシングする計画もあります。本格稼働は2009年4月の予定で、あまり時間がありません。今年6月~7月には公告して、10月までに事業者との契約にこぎ着ける必要があります。
予算金額は、19年度から25年度まで7年間で43億円で、総務事務センターのアウトソーシングも含まれます。システム開発・構築と運用を一体で任せるのか、別々に発注するのかなどは、これから考えねばなりません。実は浜松市では、2002年にシステム刷新の検討を始めていたのですが、2003年の夏にいったん凍結した経緯があります。「合併して政令指定都市を目指すのが先」ということになったようです。
どのようなシステムにするのですか。
小林 これまでは、岐阜県と同様事業者に一括発注する包括的アウトソーシング方式での調達を前提に計画を進めてきました。2002年当時は、このやり方が高く評価されていましたから。既にその方式を前提として、予算もついています。
しかし私は、本当にそれでいいのか、多少疑問を持っています。そこで、一度計画を見直すことにしました。共通基盤を作って、その上に財務会計、人事給与、庶務、文書管理のシステムをアプリケーションとして導入する形態で、基幹系システムの再構築が可能かどうか検討するつもりです。3月に公表された「情報システムに係る政府調達の基本指針」でも、競争性を保つために、マルチベンダーが可能でアプリケーションごとに分離発注できる共通基盤方式を勧めています。そして、もし共通基盤方式が可能であれば、2つの方式のうちどちらがいいか評価して判断します。
予算の決裁権も部下もある「ラインのCIO補佐官」が魅力的だった
CIO補佐官に応募した動機はなんだったのでしょうか。
小林 2つあります。1つは、権限を持った責任者として業務をやらせていただけるという点です。浜松のCIO補佐官は、ラインから外れた家庭教師のような補佐官ではありません。ラインの総責任者として、予算の決裁権も持っているし、部下もついて来ます。「こういうチャンスはなかなかない。私のキャリアの一部として、公務員になるのも面白いのではないか。思い切って応募してみよう」と考えました。
私は、日本IBMで40歳まで勤めて、その後独立しました。システムエンジニア出身のスペシャリストタイプではありません(注1)。会社を経営した経験もあり経営者の友人知人も多いので、市のIT施策に対する民間側の要望なども、よく分かっているつもりです。市民や中小企業の経営者から見て、市のIT計画はどうなのか、どういうITの施策が望まれているのか、そうしたことを考えながら業務に当たりたいと思います。行政経営の観点から、市長の視点に立ってITガバナンスを実行しようと考えています。
(注1)日本IBMでは大型汎用機営業部門で電機・自動車・銀行・大学業界を担当。
もう1つの動機は、浜松の気風です。静岡県内では、浜松は「やらまいか(やってみようか)の浜松」と言われています。新しいものを積極的にやろうという気風があるのです。これに対して私が長らく仕事をしていた静岡は、「やめまいか(やめようか)の静岡」と言われるように、保守的な気風です。以前からそうした浜松の気風を、うらやましいと思っていました。
情報政策部門の舵取りについてはいかがですか。
小林 情報政策部門の底上げを図って、庁内での位置付けをグレードアップしたいと思います。将来部課長など幹部に登用されるためには、キャリアパスとしてこの部署を必ず通過しなければならない登竜門にしたいのです。情報政策課を経由してITを理解した人が、それぞれの部課で出世していくようになればいいと思います。
CIO補佐官就任直後の4月8日に行われた選挙の結果、市長が北脇保之氏から鈴木康友氏に替わりました。上司に当たるCIO(副市長)も代わる可能性がありますね。
小林 選挙で新市長が選ばれたので、CIOを務める副市長が交代する可能性はありますが、私の業務は変わりありません。IT関連業務については、任せてもらえると思います。特にシステムの調達に係わる業務については、私が責任を持ってやっていきます。いいシステムを決められた予算内で期日までに作れば、上層部からも認めてもらえると腹をくくっています。
同規模のサンノゼ市では、IT部門の予算が半分で人員は3倍
海外の自治体のIT施策に関しても詳しいようですね。
小林 これまで、業務の関係で年4~5回は海外へ行っていました。そこで疑問に思ったのは、日本の自治体のITの体制や予算、調達方法は、果たしてグローバルスタンダードに沿っているのか、ということです。
多くの日本の自治体ではそうなっていないようですが、私は、発注者側(自治体)がITの分かる人を用意して、詳細設計レベルまでは職員ができるようにした方がいいのではないか、と考えています。ベンダーは自治体の業務に詳しいわけではありませんから、発注側で詳細設計ができないと、結果的に使い勝手の悪いシステムができてしまいがちになるのではないかと思います。
また海外の自治体の事例も参考になります。例えば以前訪問したえば米国のサンノゼ市は人口92万人で、IT関連の部署の職員数は100人です。一方浜松は人口82万人で、IT関連職員数は30人しかいません。ところがサンノゼのIT関連予算は20億円に過ぎず、浜松の半分程度なのです。「予算が半分で職員が3倍いるのはなぜだろう」と疑問に思いました。
理事を務めていた静岡情報産業協会の関係で、韓国の光州市を訪問した時にも興味深い話を聞きました。光州市は人口140万人で静岡市(70万人)の倍なのですが、全職員数は3000人で静岡市の半分でした。韓国の自治体は、IT化を進めて人件費コストを減らしているのではないか、と感じました。
もちろん、給与や物価の水準の問題もあるので、単純な比較はできませんが。とにかく、浜松クラスの都市がどの程度の予算でどういう体制でITを運用していったらいいのか、グローバルな情報も集めて方針を決めたいと思います。
小林 丈記(こばやし・たけき) 静岡県清水市(現静岡市)出身、53歳。1977年東北大学応用物理学科卒業後、日本アイ・ビー・エムに入社。94年に同社を退社後、99年にCALS/ECのコンサルティングなどを手がけるシーキャット(本社・静岡市、設立当時の名称は建設CALSテクニカルセンター、現在休業中)を設立。2007年4月1日から任期付職員としてCIO補佐官を務める。CIO補佐官就任以前は、総務省・国土交通省の各種プロジェクト技術顧問・検討会委員、しずおかコンテンツバレー推進コンソーシアム理事、静岡情報産業協会理事企画委員長などを歴任した。 |