古代ローマの循環政体論、すなわち、君主政から貴族政へ移り、それが民主政に代わり、更に衆愚政治になってカリスマが望まれるようになり、元へ戻るというもの、これは政治学の教養としては面白くても、現実の日本政治で心配するようになるとは、一昔前には思ってもみなかった。 不遜に聞こえるかもしれないが、政治には、エリーティズムは、欠かせない要素である。経済運営でも、社会保障でも、政策立案には専門知識が要求され、その良否を判断するのにも、相応の良識が必要である。平たく言えば、能力ある官僚が政策を作り、経験深い政治家が判断し、国民の理解を広げていくという過程になる。 日本で問題になるのは、官僚が政策能力を失った場合である。官僚が誤った政策にはまってしまうと、それに代わる政策を示す者が居なくなってしまう。ここが米英とは異なる。一度踏みはずと、修正は非常に難しいものになる。もしかすると、破綻に至るまで、修正