ちゃんとしたものが食いたい。 それは、唐突な思いつきだった。 三十八年生きてきて、食事にこだわったことなど、まったくと言っていいほどなかった。同年代の男のうちではまめに料理をするほうだとは思うが、食事というものは、エネルギー補給ができて最低限の栄養バランスがとれていれば、それで充分だと思ってきた。 グルメ番組なんかは退屈で見ていられず、リポーターの歓声にも、何を大袈裟なとしか感じない。同僚から呑みに誘われて、ちょっと気の利いた酒だの料理だのに対する蘊蓄を聴かされたところで、感心したふりをしながら右から左に聞き流してきた。 舌がどうにかしているわけではない。甘いとか辛いとか、味の区別はつく。ただ興味がないだけだった。 いつだったかテレビに味覚障害の若者が登場して、尋常でなく塩辛い味付けの食べものをうまいうまいと嬉しそうに食っていたが、彼らのほうが、俺よりよほど味というものに重きを置いていると